Something Blue | 口遊〜鳴きウサギ〜

口遊〜鳴きウサギ〜

生きる為に 息をするのを忘れていた
わたしのまわりが 息をするには狭すぎる
野々草を摘んで 口遊みなが ゆっくり ゆっくり歩きたい
勝利者とは誰のこと?
居心地の悪いところに居たくはないの


ーSomething Blueー

時計はもうすぐ 9時になる
仕事を終えて ここへ帰るよう 正治に言われ 洋子は暗い部屋へ帰ってきた
疲れて 少し風邪気味の身体を引きづりながら・・・

そうなのだ 今夜正治の部屋へ来ても 彼は暑気払いの飲み会だなんだ とか言っていないのだ
数日前 それで 洋子は彼と喧嘩になったのだ 些細なことだ

考えてみれば ほんとうに些細なことだ この正治の部屋へ来るとき 洋子は必ず伺いを立てる

「今日は行ってもいいか・・」とか 「何時頃 行けばいいのか・・・」とか・・・

それは ささやかな洋子の遠慮でもあり また 洋子の育った環境がそうだったように 邪魔にならぬよう 人の厄介にならぬよう・・・刷り込まれた習慣のようなものだ

ところが そんな習慣の無い正治には うざったいだけだったようで 洋子にとっては心外で もう始末に負えない・・・そんなくだらない喧嘩だった

だけど わたしたちは まだ結婚の約束すらしていない・・・婚約だって・・・
往く先の見えない長坂を登っている途中で あまりのじれったさに お互い腹が立つのか 飽き飽きしたのか・・・

洋子の首には 正治がプレゼントしてくれた 青いリングが輝いている
サムシング・ブルーと言うのだそうだ ひとつでも 青いものを身につけておくと 幸せになる
正治もおそろいのリングを持っている けれどそれも ふたりでいるときだけ 薬指に填める お互いが満足するために・・・普通は 皮の紐に通して首にかけている

けれど これはエンゲージリングのような堅い約束を交わしたというような性質のものでは無い
あくまでも ふたりは 自由なのだ 独身を 謳歌できる・・・そう言ったような曖昧な慰めのようなものだ・・・


少なくとも洋子は 忠実にそれを守っているけれど 正治の方はどうだか・・・わたしは目で見て見ない毎日を信じないわ・・・彼女はひとりごとを言った 彼の言い分は 「だから君は幸せになれない」

「嘘をつかれた幸せなんか 欲しくない」

激しい良い争いが思い出される ため息だ 愛だ 恋だ・・・何がいいものか・・・

そう思うと 洋子は 鳴りもしない携帯や メールを送っても おそらくは切っているのであろう着信を苛立たしく思い 革紐のリングを無造作に外して テーブルに投げた

頭痛が酷い 救急箱から 体温計を引っ張り出すと 熱を測ろうと思った 今日一日の仕事でのトラブルは 正治の仕打ちに追い打ちをかける

こんな生活が続くのかと思うと もう辞めたいと思う 正直な気持ちだ 女子会だなんだで騒いで 女同士で旅行に出かけたり 映画を見たりするほうが どれだけ楽ちんだろう・・・

上手くいかない 男と女 考えの違い 育ちの違い 認め合い 分かりあうまでに 一体どれだけぶつかり合ったら もう諍いもなくなるのだろう・・・

手垢で汚れた鏡をゴシゴシ磨くみたいに 眼の曇りが取れたら こんなのは愛でもなんでもないこと もしかしたら すぐにでも気づくんじゃないかしらと 哀しいくらい青いリングが ひどく小さく見えたのだ・・・それをおもむろに拾い上げると・・・

洋子は リングに問うてみた ほんとは あなたは どうしたいの?

終わりたいの?続けたいの? わたしという女は 便利なの?不便なの?

ーうたー

まどかなる指輪ひとつに操られ
 哀しきワルツ踊り続ける



☆サムシング・フォー・・・花嫁が 青いものを四つ身につけると幸せになる というおまじないからきたもの