走水神社 その一 | 口遊〜鳴きウサギ〜

口遊〜鳴きウサギ〜

生きる為に 息をするのを忘れていた
わたしのまわりが 息をするには狭すぎる
野々草を摘んで 口遊みなが ゆっくり ゆっくり歩きたい
勝利者とは誰のこと?
居心地の悪いところに居たくはないの

走水神社 その一


日本武尊が東征の途上に浦賀水道を渡り 上総国へ及ぼうとしたとき 海はおおいに荒れて どのようにしても 渡れない・・・

それを案じた日本武尊の妃 弟橘姫は 荒れ狂う海を鎮めるべく 自ら海へ入られた
やがて 海は穏やかになり 日本武尊は無事上総国へ渡ることができ 事を成就させることができたのである

のちに 海岸に弟橘姫の 櫛が流れ着いた 村人は旗山崎(御所ヶ崎)に社を建てて櫛を納めたとされる この社が弟橘媛を祀る橘神社であったが 明治18年(1885年)に移築された

走る水 走り水 それほど流れの早い場所であったのであろう・・・夏の盛り そこはとても穏やかで 美しい漁港・・・照りつける日差しの中 わたしは ずっと気になって仕方なかったその地名に導かれるように 走水へ辿り着いたのだ 盆を迎える少し前の目の前が霞むような 白い 午後だった・・・

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弟橘姫は 夫のために自らを犠牲にした・・・という考え方が正しいのか 彼女の意思 彼女の役割として そういう結論に達したのかはわからない これはきっと夫婦の約束事だったのだろう・・・暗黙の了解であったのだろう 呼吸をするように・・・

比翼の翼を失って 悲しまぬ鳥はいない けれど 失ったのでなくそれぞれの役割を果たしたとすれば・・・どうだろう・・・

海の底深く 自らの身を投じたとしても たとえば竜宮の神の囚われ人と成り果てても 夫の行おうとする大事の前に それが 如何ばかりの小事であろうか・・・現に海岸には櫛が打ち上げられた・・・櫛は 苦と死である 

「そこから 解放されたのですから 心配せられますな・・・」と 弟橘姫は 囁いておられるような気がするのは わたしのうがった考えであろうか・・・

そうしてもうひとつ わたしが気になって仕方がないこと それは 小気味よいまでに潔い 弟橘姫の 名の由来 いわゆる名の魂の由来である

弟橘姫・・・この名・・・この名を カタカナ表記してみる

オト タチバナ・・・ これを ある漢字に当て変えてみる 「小戸 橘」

これを読んだとき 聡い方ならもう おわかりだろうか・・・?

祝詞の一節 祓詞 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊払へ給いし時に成りませる云々・・・小戸の橘・・・これは偶然の一致であろうか・・・?それとも予めそうなることが 仕組まれたからこそ 遣わされた姫君だったのか・・・

何にせよ 馨(かぐわ)しく美しき夫思い 国思いの姫君は おそらく海に入ることなど 彼女にとって荒ぶる海の神との相談事に過ぎなかったのでは無いか・・・死という感じは全くない そういう哀しみは強くは感じられず 寧ろ勇ましさすら覚えるのである

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上の写真は 弟橘姫が近年 往来の激しくなった海の安全を祈っている様子を象った船の櫂である



荒ぶれば荒ぶるほどに安らけく
 姫のかいなの海より深き

              鳴兎   拝