少年の夢 | 口遊〜鳴きウサギ〜

口遊〜鳴きウサギ〜

生きる為に 息をするのを忘れていた
わたしのまわりが 息をするには狭すぎる
野々草を摘んで 口遊みなが ゆっくり ゆっくり歩きたい
勝利者とは誰のこと?
居心地の悪いところに居たくはないの

以前ポッボ屋という映画があったが、人無くしては電車は走らない。誰かを乗せて走り、誰かのために走らせる。思いの詰まったレールの上。

ある朝のこと、病院へ向かう電車の中。
休日の診療だったので、早朝電車は空いている。
わたしは 久々に最前列の車両に陣取り、運転士さんの行動を、さながら鉄道好きな子どものように
つぶさに観察していた。

小気味良いくらい手慣れた作業は 一切無駄が無く
日本が世界に誇る鉄道技術と人物育成の賜物と、鉄道員ひとりひとりのたゆまぬ努力に魅入られていた。

仕事をする人の手は見事だ。
魔法を掛けているようだ。

この長い車両を牽引していくのだから。

ある駅に差し掛かった時、ホームの一番端、これもまた最前の端。お父さんに手を引かれた男の子が、わたしの乗る車両を待っていた。

その二人の前で、車両はぴたりと止まる。
幾人かの乗降客があった後、その二人はしかし乗ることは無く その様子を見、何事か話している。

父と息子は嬉しそうに 少し離れた邪魔にならない場所で愛おしい物でも見るように、車両を見つめている。とりわけ男の子は歓声を上げている。

やがて何も無かったように、電車は駅を発車する。
その時、男の子が運転士さんに手を振った。
運転士さんも、手を振り返した。

当たり前のように、当たり前の仕草で。
憧れとはこういうところから生まれ、尊敬に変わる。

穏やかな風景は、枕木の数程に離れてゆくけれど
鮮やかな心地よさは 病院へいくわたしの心を ずいぶん軽くしてくれた。

ーうたー

目に青葉少し開けたる車窓より
さやかに抜けし風もありける