ある朝のこと、病院へ向かう電車の中。
休日の診療だったので、早朝電車は空いている。
わたしは 久々に最前列の車両に陣取り、運転士さんの行動を、さながら鉄道好きな子どものように
つぶさに観察していた。
小気味良いくらい手慣れた作業は 一切無駄が無く
日本が世界に誇る鉄道技術と人物育成の賜物と、鉄道員ひとりひとりのたゆまぬ努力に魅入られていた。
仕事をする人の手は見事だ。
魔法を掛けているようだ。
この長い車両を牽引していくのだから。
ある駅に差し掛かった時、ホームの一番端、これもまた最前の端。お父さんに手を引かれた男の子が、わたしの乗る車両を待っていた。
その二人の前で、車両はぴたりと止まる。
幾人かの乗降客があった後、その二人はしかし乗ることは無く その様子を見、何事か話している。
父と息子は嬉しそうに 少し離れた邪魔にならない場所で愛おしい物でも見るように、車両を見つめている。とりわけ男の子は歓声を上げている。
やがて何も無かったように、電車は駅を発車する。
その時、男の子が運転士さんに手を振った。
運転士さんも、手を振り返した。
当たり前のように、当たり前の仕草で。
憧れとはこういうところから生まれ、尊敬に変わる。
穏やかな風景は、枕木の数程に離れてゆくけれど
鮮やかな心地よさは 病院へいくわたしの心を ずいぶん軽くしてくれた。
ーうたー
目に青葉少し開けたる車窓より
さやかに抜けし風もありける