若いふたり | 口遊〜鳴きウサギ〜

口遊〜鳴きウサギ〜

生きる為に 息をするのを忘れていた
わたしのまわりが 息をするには狭すぎる
野々草を摘んで 口遊みなが ゆっくり ゆっくり歩きたい
勝利者とは誰のこと?
居心地の悪いところに居たくはないの

若い恋人たちは よく笑った。傷を隠す為でも みたく無い別の愛を隠す為でも無い。純粋無垢な笑顔で。
ほんの短い春のような季節を…。
二人過ごすには夢ほどの時間を…。

見るもの、聞くものが真新しい輝きに満ちていて、世界中のことはなんだって手に入るような気がしていた。

電車の中刷り広告を見ては笑い、安い居酒屋でおまけして貰っては喜び、世の中は親切で出来ていて、愛に溢れているように感じた。

それは若鳥を見守る仲間の鳥が 彼らに 大空へ舞う前の細やかな餞別をくれたのだとも知らず。

彼は仕事に就き、彼女にも新たに職が与えられ 思慮も分別も前よりは出来るようになり、頬の色はけれど 二人青ざめていった。

彼の笑顔が険しさに変わり、彼女の明るい驚きは落胆に変わり、やがて二人はなんにも感じなくなった。

いたいけな小鳥に優しくする術は、忘れはしなかったけれど、無邪気に笑うことはもう無くなった。

前より綺麗な笑顔も、無闇矢鱈と泣かないこともすっかり上手になり、闘うのに不要なぜい肉も削げたけど、心が少し窶れた気がして…

ふたりはめっきり会わなくなった…

あんなに素敵な笑顔の時間をふたりはいとも簡単に捨ててしまって、目の前の殺伐とした日常を選んだ。

それが成長と言うのなら、それを当然の過程と言うのなら、もはや仕方無いけれど 離れたふたりはいづれ思うのだ

なぜあの日、手を離してしまったのかと…なぜ光溢れる日々を惜しげも無く捨てたのかと。

木漏れ日を眩しく見上げながら、二人は今違う場所で遠い日々を思う。
離してはいけなかった人の笑顔を思い出す。

君は元気でいるだろうか…と。
そして思うのだ。失った輝き程に愛せるものはないことを。

ーうたー
幾筋の堰を隔てて辿り着く
答え違えし後悔の海