サブカルはもういいよ〜part2
前回オヤーマダの事を書いてから2週間くらい経った。
オリンピックも始まって皆んな忘れかけてるだろうけど、オレは今だに考えてる。
あの後、オヤーマダの謝罪コメントが出て、そして「そもそも何故にあんな記事が出たのか検証しよう」という事でクィックJの元記事を全文載っけてやいのやいのと検証するブログがあった(要はオヤーマダがホントに100%悪いのか?炎上の発端となったブログについて元記事からの抜粋の方法に問題があるのでは?的な話)。
オレもその元記事を全部読んだが、、、
何つーかオヤーマダの印象は勿論変わらず最悪だが、これを構成しているライターの文体がね…気色悪い。
例えばこんな感じ。
↓
『髪を洗わなくていじめられていた少年がいた。確かに彼の髪は油っぽかった。誰かが彼の髪にライターで点火した。一瞬だが鮮やかに燃えた。
といった話を聞くと“いじめってエンターテイメント⁉︎”とか思ってドキドキする。
だって細部までアイデア豊富で、何だかスプラッター映画みたいだ。』
(以上『』内抜粋)
…いやぁ気持ち悪いわ、、、
“ライ麦畑でつかまえて”なのかな?
読んだことないけど。
記事の締めでは
『いじめられていた人のその後には救いがなかった。でも僕は、救いがないのも含めてエンターテイメントだと思ってる。
それが本当のポジティブってことだと思う。』とのこと。
…意味不明。
寺山修司なのか?
とりあえず、“こんな反道徳的なこと言ってるオレの感性マジスゲぇ。マジヤベぇ”
という心持ちが透け透けというか。
しかし、これがいわゆる“悪趣味ブーム”というのとは少し趣が違うものだけど、このカンジが正に“90年代的”だと思う。
オヤーマダは構成ライターよりも小慣れた様子で“いじめ告白”をしている。言い換えると、より一層“90年代的なヤベェ感じ”が板に付いている…。
確かにこんな時代があったんだ。
善し悪しの問題ではない。
悪いに決まってる。
悪い時代だったんだ。
その風潮に流されていた自分に気づき、言葉を失っているアラフォーアラフィフの輩、結構多いんじゃないかな…