子育て世代の家庭において、休日の過ごし方は常に揉め事の種になる。
我が家も例外ではなく、いつからかルールができた。
「土日のどちらかで、お互いに半日ずつの自由時間を取ろう」
一見すると非常に現代的で、合理的で、フェアな取り決めだ。
お互いに育児のストレスを溜めないよう、週末に息抜きの時間を分け合う。素晴らしい夫婦の協力体制だ。
実際、最初はそう思っていた。
だが、我が家で実際に運用されているその「公平なシステム」の内訳を、一度冷静にタイムスケジュールとして書き出してみる。
【土曜日:妻のターン】
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06:30 末っ子が俺を起こしに来る。朝食(パンとバナナを出す程度だが)を食べさせ、テレビを一緒に見る。
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09:00 体力を削るため、末っ子を連れて近所の公園へ。
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11:00 帰宅。砂まみれの服を着替えさせ掃除機をかける。このあたりで妻が起きてくる。
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12:00 昼食の買い出しへ。土日は作らないルールなので、家族分の弁当や総菜を調達。
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14:00 【妻の自由時間スタート】 妻が外出。俺は末っ子を連れて午後のお散歩へ。
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18:00 【妻の自由時間終了】 妻が帰宅。
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19:00〜 末っ子を風呂に入れ、寝かしつけの準備をする。洗い物とかその辺も僕
翌日の日曜日は、「14:00〜18:00の外出」の枠だけが俺と妻で入れ替わる。
それ以外の朝のルーティン(6:30起き、朝食、公園、掃除機、昼の買い出し、そして夜の風呂)は、何一つ変わらず僕の担当だ。
妻の言い分としてはこうだ。
「土曜日は私が14時から18時まで出かけた。日曜日はあなたが14時から18時まで出かけた。だからお互い4時間ずつ、平等に息抜きしたよね?」
……本気で言っているのだろうか。
土曜の朝、俺が眠い目をこすりながら公園で走り回り、掃除機をかけていた「6:30〜11:00」の4時間半。
妻は何をしていたのか。
誰にも泣いて起こされることもなく、柔らかい布団の中で泥のように眠りこけていた。
「寝てただけだから自由時間じゃない」とでも言いたいのだろうか。
小さな子どもがいる親にとって、「朝、誰にも邪魔されず11時まで一人で眠り続けられる時間」がどれほど贅沢で、喉から手が出るほど欲しいフリータイムか、子育てをしたことがある人間なら骨身に染みて分かるはずだ。
本人の意識がないからといって、免除された育児負担が消えてなくなるわけではない。
彼女が眠っている間、誰が子どもを生かし、誰が家を回しているのか。
そのコストを丸々肩代わりさせられている人間がいるからこそ、彼女の「意識のない自由時間」は成立しているのだ。
結果として、休日の我が家の負担割合はどうなっているか。
妻は、土日共に午前中は寝ている。そして土曜の午後は外出。
僕は、日曜午後の外出 = 計4時間(※ただし前後の家事・育児付き)
どこが「半日ずつ」なのか。 倍以上の差をつけられた上で、「お互い息抜きできてよかったね」という顔をされる。
結構くたびれる僕の自由時間は、大概ネットカフェで寝ると終わってしまう。
この茶番に付き合わされる側の疲労感は、体力の消耗以上に、精神をごっそりと削り取っていく。
「これ、おかしくないか?」と喉まで出かかる。 だが、それを口にした瞬間に
「じゃあ私は寝ちゃいけないの!?」「日頃の疲れが取れない!」と反論が返ってくる未来が、痛いほど鮮明に見えているから言えない。
公平という言葉でラッピングされた、見事な搾取…。