専修大学水泳部の朝練はアップ後にバッタのドリルから開始。

昨日までの状況から三段階の内容を考えていたが一段階目を3セットに変更。

バッタの選手とフリーで姿勢が悪い選手は苦戦していた。

以上の事から出来ない理由を気付けた選手はグッドだ。

プルはフリーでバッドセットを行いキックはS1のイージーハードを行った。

スイムは個メでクリアーサイクルを基準にサイクルを設定したディセンディングセット。

設定通りに取り組めた選手は残念ながら少なめだったが夏に向かってレベルアップが必要だ。

W-Up 500
Drill 25×4×3 Fly
Pull 100×10+150×4 Fr
Kick 400×2 S1
Loosen 100
Swim 200×3×4 IM
C-Dw 400








メフリレポンが少し遅れて着弾。


ペグ抜きのギミックが楽しい。


いつ使えるのか不明だがキャンプに行く楽しみが増えた。





コンパクトでも打ち損じが少ないデザインとのこと。


ペグハンマーは既に複数所有しているしバリリアントハンマーとデザインが違うので自粛予定。



もし入手するならばケース付きの蓄光タイプかなぁ。















専修大学水泳部の朝練はバッタのドリルから開始。

昨日よりも良くは見えたがスロープポジションを作ろうとすると身体が引っ張り込まれてしまう。

胸と腰の位置関係やキャッチポイントにズレがある事が想定される。

ここを習得してもらうには何が必要か要検討だ。

スイムは自分の距離に拘らずレーススピードで取り組めるメニューを選択するように説明。

コーチの予想と違う選手が多かったのは想定外だが話をしていると考えられているのでグッドだ。

サイクルを伸ばすよりも縮めた方がタイムが上がったとの報告は興味深い。

W-Up 500
Drill 25×4×4 Fly
FT 20min
Swim 50×3×8 or 50×5×6 or 50×9×4 or 50×17×3 S1
C-Dw 400



朝練後は腹が減ったのでT田コーチと朝マック。






先月は二号車RAV4の点検で今月は旧二号車Rushの点検でK次君の店へ。。


特に調子の悪いところもなく問題なしと思っていたらタイヤ交換を推奨された。



現在装着しているBFグッドリッチATは7年のロングライフ。



RAV4の時に悩んだタイヤがそのまま候補になる。


決まり次第グラベルにオーダーだ。



2年前に手放す予定が変更になり使用頻度は減ったものの無くなると困る状態が継続。


ラッシュは所有して16年目になるが18年を超えると自動車税が更に増えるのも懸案事項だ。

専修大学水泳部の朝練は週初め恒例のミーティングから開始。

今後の練習に取り組む上での注意点を中心に話をした。

アップ後はフリーのスイム&キックを行いスイムは個メのディセンディングセット。

遠征後のオフ明けで頭が寝ているのか身体が寝ているのかシャキッとしない選手が見られた。



最後のプルはフリーのプルからバッタのプルへ繋ぐドリル要素を含んだ物。

最初のセットはコーチのイメージと選手の知識にズレがありマーチン鈴木の歌のようだった。

やはりバタフライの泳ぎを間違えている選手が多い事が発覚したのでセットレストを伸ばして説明を追加。

3セット目はだいぶ良くなったが継続する必要がありそうだ。

W-Up 500
Swim&Kick 100×10 Fr
Loosen 100
Swim 400×5 IM
Pull 25×4 Fly
C-Dw 400
午後練はキックから開始でビルドアップとハードの繰り返し。

フィンを付け替えたりしながらドリル要素も含んだ内容。

ビルドアップの最後はハードと同等のテンポが求められるが残念ながら甘い選手が多い。

スイムはフリーでスムースをショートレストで10本クリアーする内容。

最初にクリアーを稼いで粘ることをミーティングで話しているので挑戦していた選手はグッドだ。

1Sm1Eになった選手は泳いでいるであって練習しているにはならない。

最後のプルは朝練の復讐ではなく復習の要素だったがスロープポジションをもっと作らないと体重移動が足りなくなる。

W-Up 500
Kick (50×4+100)×3 S1
Swim 100×10〜 Fr
Loosen 100
Pull (25×2+100)×6 IM
C-Dw 400






TND44が自動車免許を取得するために通ったのは日の丸自動車学校。


因みに実母と実妹も同じ自動車学校だった。


目黒と恵比寿の間という場所柄により芸能人を見かける教習所と言われている。



学科講習に当時クラッシュギャルズのライオネス飛鳥氏がいた事があったのを思い出した。



日の丸自動車学校のホームページによると令和9年3月31日をもって閉校になるそうだ。


卒業検定の時に明治学院大学の前の坂道で速度超過により検定中止になった事が懐かしい。