迷子少年と猶予世界

迷子少年と猶予世界

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     ウゴニジイロ
タイトル《雨後虹色のあさってへ》



副題 < 雨止む日 >






空に向けて、緑が生い茂(シゲ)っている。
揺れる葉の隙間(スキマ)からチラチラと太陽光が差して、まぶしい。
私は屋外で横たわっているみたいだ。

ザワザワザワザワ……
心地良い風の音がする。
首から下はまだ麻痺(マヒ)が解けていないようなので、じっと耳だけを澄(ス)ますことにした。


「お目覚めかな」


同性の人の声がした。
視界の外で私が起きるのを待っていたみたいだ。

あごを上げてそっちに目をやると、向こうからやって来て、私の首が疲れないようにか、隣にしゃがんでくれた。
しゃがんだ人を見上げるアングルはなんだか新鮮で面白い。

舌が動くのを確かめて、口を開く。


私「あなたは誰?」

「私は、あなたのパートナー。これからずっと、あなたと私で行動するの」


女性はそう答えた。

見た目は、私と同じ20代前半くらい。目鼻立ちに特徴はないが、瞳(ヒトミ)と短かい髪が艶(ツヤ)も弾(ハジ)くほど黒く、ボーイッシュな印象を受ける。
『つば』付きの平たい帽子を被り、全身は半袖半ズボン。その姿から、ポケモンのキャンプボーイを連想する。
野外活動向きな服。しかし彼女のそれは全身白い。
そして左の胸元には、リボン付きの大きなバッジ(記章)がついている。


「聞いてた?」

私「……うん、聞いてたよ」


視線を顔に戻すと、日に陰(カゲ)った顔が目を細めていた。
あれ、なんて言っていたっけ、彼女を観察していて覚えていない。
まぁいいかと流す。
尋(タズ)ねておいて失礼だけど、関心はもう次の疑問に向いている。


私「あなたは、人間?」


ーー徐々に頭の中で、この状況への理解が繋がっていた。

そして私がそう訊くと一転、待ってましたという感じの嬉しそうな笑顔をし、彼女はこう答えた。


「いや、アンドロイドだよ。初めまして、人間さん」


ピシッ、と、
脳に亀裂(キレツ)が走る幻覚。


私「…………そう……」


ーーアンドロイドとは。
人の役割を負担するため、人のなりでありながら人以上の労働力を目指すロボット。

そんな名目(メイモク)で、人間による「人間への挑戦」が本格始動し、私が物心付いた頃は、テレビの外にも彼らが身近にいた。
しかし、彼らが「脳」を獲得したというネットニュースが流れる、その少し前から、公(オオヤケ)には姿を見せなくなったーー

それ以来目にしたのは、これが初めてということになるのだが……。
彼女が、『彼ら』と同じ、アンドロイド?


私「本当に……?」


自分の置かれた状況から、確かにその可能性を考えもしたけど……。

間近で見つめても、作り物らしさなんか微塵(ミジン)もない笑顔だから、


「うんっ」


一人の人間として、この女性がアンドロイドだとは受け入れられなかった。

見つめ合うほど、脳が混乱する。
矛盾(ムジュン)が消化できず、額が発熱してぐわんぐわんする。

もし本当にアンドロイドならば……

(その顔は、精巧(セイコウ)に作られた人工の皮で……)

丸いレンズの目と、銀色の骸骨(ガイコツ)、ゴムの筋肉という中身をイメージする。
しかし、彼女の超次元な顔にそれを重ねるのは無理があった。

そんな私の不自然な思考タイムに対して彼女は、


「びっくりした?人間そっくりで」


得意気な顔になったり、


「それとも……ガッカリした?人間『ちゃん』」


八の字眉(マユ)になったりしたので、
更に不安が襲う。


私「……ふっ。なに?突然」


あのニュース、脳を獲得したというニュースで世界が危惧(キグ)した、人間の尊厳が冒(オカ)される事態。領域が侵(オカ)される事態。
偉い人の言っていたその怖さが、分かった瞬間だった。
じゃあ人間は?
本物と偽物、神様のそのお墨付(スミツ)きだけを握り締めて震える、そんなみすぼらしい人間像が浮かぶ。


「アンドロイドなりにふざけてみた。でもこの位くだけてた方が、人間っぽくてお好み?」

私「……いや、無理しなくていいよ」


ちょっと引き気味に、やんわり否定。

……ところでなんだ、さっきからこの子は。
『人間ちゃん』とか『人間っぽくて』とか、言葉の端々(ハシバシ)が鼻につく。

私はその嫌悪感(ケンオカン)で、彼女へ取るべき姿勢を決定したのだった。

彼女は私を馬鹿にしていると、そんな風に思いたくなる。
自分の方が優れてると自慢したいのか?
しょせんロボットだろう、勘違いするな!なんて。
私は今そんな目をしているのかもしれない。


「……そう」


すると彼女は、私の感触が良くないことを察(サッ)したらしい。
気を落としつつ、屈伸(クッシン)ついでに立ち上がって
「ん~」
と伸びをした。

……それも人間の真似なのだろうか。
もしも体の構造まで瓜二(ウリフタ)つなら笑ってしまう。
ロボットの取り柄が死んじゃってないか?


「待ちくたびれたんだよ。ごめんね。さて、起こそうか?」


そう思われてるとは露(ツユ)とも知らない彼女。
息を吐きながら弛緩(シカン)して、私を見下ろす。


私「……え」


あ、私か。


私「いや……」


確かに二度寝するつもりは無いので起きたいけれど、彼女に頼るのは気分が良くない。

……なんて、
言っている場合では無かった。
ハッとする。
どうして忘れていたのか、私は今、自力では体が動かせないんだ。
眠るときの麻痺が解けていないから。

今私の体を自由に扱えるのは、彼女だけ。
これはどうしようもない。

……結局、


私「……うん。お願いします」


諦めて、彼女の厚意(コウイ)を受け取る。


「OK」


彼女は気持ちいい返事で動き出す。
草の上に膝(ヒザ)を着け、左手が私の首の下を通り、首から上が地面から離れる。
「見上げる」から「見渡す」景色へと、同じ雑木林(ゾウキバヤシ)でも広がりが生まれる。

その間、急速に頭が冷やされていった。

そうだ。情けないが私はこれから先、麻痺が取れても彼女の助け無しには生きられないのだ。
好きに嫌ってばかりもいられない。
彼女を、受け入れていかないと。


起こしてもらって、そういえば体に服が着せられてると気付く。
黒いバスローブだ。以上。
……付け加えると、その下は裸ではなく生地の厚い黒シャツを着ていた。

熱を集めそうだが、暑いとかゴワゴワしてるとかそういう感覚は一切無し。
自分で見下ろして得られる情報しかない。

なんにしろ、献身的(ケンシンテキ)に着せてくれる彼女を想像して、悪気(ワルギ)なんて持つような子じゃないのかもなと考えを改める。

ーーいや。
そもそも感情なんてないのか。


「ちなみに、確認していい?」


彼女が、私の上体を起こしながら背中側に滑り込む。それから訊(キ)いてきた。
ちょっと身構える。


私「なに?」

「どこから話したらいいかな?今の状況のこと」


そうだ。
彼女の口から教えてもらわなければ。
私が眠ったあと、何がどうなったのか。

どのくらい眠っていたのか。

人間はどうなったのか。


私「今まで出会った人の記憶を消されて、人類のために眠ったことは思い出した。
その後のことを、教えてくれる?」


そう、背中の彼女に頼む。


「分かった。……」


彼女は一呼吸(ヒトコキュウ)置いて、


「2167ねんの」
私「え、ちょっと待って」


話し出した言葉を私は慌てて遮(サエギ)った。


「うん?」

私「私とあなたとだけで話すの?」


他にも人がいるはずなのに。


「そうだよ」


こういう大事なことは、皆で集まってから聞かされるんじゃないのか?
そう訊(キ)こうと、


私「他の人 」


ざわざわ。

……訊こうとして、何かが踏みとどまらせる。

予感、だろうか。
何%かの確率の、起きていてほしくない現実。


私「……」


私はそれを考えるのが怖くなって、


私「いや、やっぱりいい。話して」


話を戻した。


「いいの?」

私「うん。聞く準備ができた」


言葉を投げる。
……。
ところで、視界の中に彼女がいないので、会話に間が空くと、この雑木林で一人きりのような気分になる。
触られている感触がないから余計に。


「……じゃあ、話すよ?」


……いや、同じか。
声だけでは、一人を補(オギナ)うには全然足りない。


本当は気にしたくないのだけど、
今から、この世で最も無慈悲な話を聞こうという時だから、不安で寂しさが膨(フク)らむのだ。


……それを今すぐ緩和(カンワ)する方法も、私次第で、かつ彼女に寛容(カンヨウ)に手伝ってもらえばあるけれど。
それだけは全方面であり得ない。


私「……うん」


そんな考えを起こす自分に唇(クチビル)を噛んで、惨(ミジ)めに一人を味わう方を選んだ。

ドキドキと脈打(ミャクウ)ちだす心臓を、鼻で一度深呼吸して誤魔化(ゴマカ)す。


ーー全てを、彼女が話し始める。


「ーー2167年3月30日、アメリカが、隕石が朝鮮に落ちることを予測し、報道した。

その2日後に、あなたは地下シェルターで凍眠した。

それで合ってるよね?」


私「うん」


「そして、更に3日後に、隕石が朝鮮の核実験施設に墜ちて、致死(チシ)レベルの放射線汚染が広がり国が破綻(ハタン)。

それがLIVEニュースになった直後、核の引き金が引かれた。

『アメリカが隕石に偽装しミサイルを落とした』

その報復(ホウフク)だと、朝鮮の首脳は言い放った。
一時、世界に緊張が走ったけど、核ミサイルは太平洋沖でアメリカに打ち落とされる。
そして朝鮮は、すぐアメリカに返り討ちにあってお仕舞い、そう誰もが浮いた腰(コシ)を下ろしたのだけど。
事態は、最悪な方に加速した。

アメリカと、同盟国の中国韓国とが朝鮮への報復を開始すると、朝鮮は隣国(リンゴク)の中韓にも構(カマ)わず核ミサイルを放った。
その時点でもう、たくさんの人が死んだだけじゃなくて、火災の粉塵(フンジン)が空を覆(オオ)って太陽光が届かなくなる、「核の冬」が始まっちゃった。

それをアメリカのせいにして、朝鮮と仲良しだったパキスタンがミサイルを飛ばして。
他の保有国も、もう人類は手遅れと分かってて、自国防衛のために敵対国を滅ぼしたり、滅ぼされたり。

そうやって結局、世界中のミサイルが使い切られ、世界は一週間で地平線だらけになってしまった。

シェルターに逃げ込んだ人や直接被害に遭わなかった地域もあったのだけど、
雨も降らない、プランクトンも育たない暗黒の地球で人間は、飢餓(キガ)に見舞われて、
半年後、人類史は長い眠りに就いた。


そして、ようやく時が来たから、あなたを起こしたの」


話が終わる。

学校でも毎年習うほど口酸っぱく言われた、最悪の核戦争の未来を、人類はそのまま辿(タド)ってしまったと、つまりそういうこと。

(やっぱり……。)

数国を残してどの国もが核を持つようになり、いつか過(アヤマ)ちが起こることは分かりきっていた、
だから日本はそのために備え、差し迫(セマ)って未来の襷(タスキ)を私に託(タク)したんだ。

事前に20年位前から、国が22歳までのアダムとイヴを数人募(ツノ)ってて、
私が立候補したのは……誰かに薦(スス)められたからだ。
記憶操作を施(ホドコ)されてるから、その人のことは思い出せない。

最初は、核を実際に使う国なんて無いのにな、なんて私もバカにしていた。
それに、滅亡した地球に眠り続けるなんて変だ。
宇宙に逃げるプロジェクトの方が断然、可能性があるし。


まぁどっちにしろ皆、いつまでもこう思っていた。
『核戦争は明後日(アサッテ)で、明日は晴れだろう』と。
誰かの歌じゃ無いけれど。


彼女の言葉を反芻(ハンスウ)して、結んでた唇を開く。


私「そっか、やっぱり起きたんだ。
……残念だなぁー……」


なんだかとぼけたような物言いに聞こえるかもしれないが、まだ実感が十分じゃないから許して欲しい。
まだ何も目の当たりにしてないし、それに未練を残すような記憶はあらかじめ消されている。

時間が経てば、自分の使命を重く受け止めるようになるはずだ。

それよりも、まだ重要なことを彼女は言ってなかった。


私「他の3人はどこにいるの?」


私が一番気になることだ。

同じ候補者が3人。
顔馴染(ナジ)みになった彼らも同じシェルター内で凍眠したはず。
私だけが助かった、なんてことはないだろう。


だけど、次に彼女が言ったことは、私にとってあまりに衝撃的だった。


「……3人、候補はいたけど、誰も凍眠しなかったよ」


ーー驚きで、息が止まる。


私「っ……なんで?」


今まで何ともなかった心の軸(ジク)が、冷静さを失って震え出す。
抑えられない。


「伝え聞いたことだけど、

一人は政府の召集(ショウシュウ)に応じなかった。

一人は記憶操作が終わると、目覚めなくなっちゃった。

最後の一人は、その子の例に怖がって辞退(ジタイ)。

……急いで他の候補を探して呼んだけど、朝鮮の核実験施設崩壊に間に合わなかった。

風で流された放射性物質が本州を襲って、日本中が混乱。
今度は、助かろうとシェルターに押し寄せる数万の人々から、4台しかないコールドスリープの機械を隠蔽(インペイ)しなくちゃいけなくなった。
どんな争いが起こるか分からないから。

半年後、飢餓(キガ)と汚染で死に染まっていくシェルターを見て、最終手段を考えていた男性のプロジェクトリーダーは、心が折れてしまう。

『今さら易々(ヤスヤス)と凍眠する権利は、我々にはない』

それで、シェルターで息をしている残り数十人にとうとう施設のことを打ち明けて、凍眠希望者は名乗り出てくださいと言ったの。
そしたらしばらくして、フラフラと手を挙げた一人が、提案した。

『その機械を使って、安楽死ができないですか?』

って。
その考えに、全員が同意した。
安楽の世はもう来ないから。
アンドロイドが、長い時間をかけて地球を建て直すと説得しても、意見は変わらない。
全員が大切なものを残らず失った後で、もう手遅れだったみたい。

だから他の3台は、安楽死の機械として、保存液で細胞を守らず人々を凍結・解凍し続けた。
このシェルターで未来を託(タク)されたのは、当時のアンドロイド達と、あなただけ。


今は、12167年4月9日。終戦からちょうど、一万年目」


……声が止む。
あぁ、終わったのか。
長かったその話の中、震える心に言葉として残ったのは一語だけ。


私「一万ねん……」


人のいた歴史を、幻と片付けてしまえるような年月。


ゾワゾワゾワ


寒い部屋で立つ鳥肌のようなゾワゾワが胸の内を暴れた。
ざわざわざわざわ、名前の不明な感情は、瞬(マタタ)く間に体の末端(マッタン)まで駆けめぐり。
そして静かに去っていった。

意識が「もや」がかっているところへ、声が飛び込んでくる。


「……そういえばまだ、言ってなかったね。
おはよう、人類さん」


後ろの彼女だ。
……突然、何、どういう意味?
考える力が湧(ワ)かない。
どうでもいいと思って、


私「……おはよう」


ただおうむ返しする。

だが、それによって分かった。
分かってしまった。
ザワザワとした感情の名前を。


(あぁ。

私はこれから、この世界を独りぼっちで生きていくんだ……)


孤独。

悲しみが胸の中で弾(ハジ)ける。
下まぶたの奥が沸騰(フットウ)し始め。
戸惑いも追い付かず、湧き出す涙に溺(オボ)れる。
奪(ウバ)われる視界。

絶望の中に、一瞬で閉じこめられた。

終わりのない、出口の無い孤独。
頬が濡(ヌ)れ、心が黒く塗り潰されていく。


地球上で唯一の、一人しかいない生き物。

動物や草木は全て、子孫を残して適応しているのに、一人きりの私はここで途絶えることしかできない。

この緑に、大地に、地球に、淘汰(トウタ)される。
除(ノ)け者にされる……。
嫌だ、嫌なのに、どうしようもない。
どうして私は、目覚めたの?

理由がない。
……あぁ、なんで。
親の顔も、出会った人達の顔も忘れたなんて。
その記憶は、除け者の私が生きることに意味を付けてくれたかもしれないのに……。
悲しむ人も、困ってくれる人すらいなければ……
生きていようが居まいが、一緒じゃないか!

……そうなのか、私は。


「心が乱れてるね」


突然、 後ろからそんな言葉がかけられ、


私「……ぅえ?」


我に帰る。

……うわっ、私めっちゃ声泣いてるよ。
顔が熱い。
彼女の言葉は続く。


「データを取ってるから分かるよ。
……でもごめん、分からない。私はどうしたらいい?」


無感情ではない。でも感情がこもっているとも分からない、そんな声。
言葉通り困っているようだ。

ガッカリする。

そういう肝心(カンジン)な所はロボットなのか。中途半端な、やっぱり上面(ウワツラ)だけじゃないか。

次いで、なぜか胸が痛い。
どうやら感情的だと、自分の悪意にも敏感になるらしい。
……何だよ。私だってこんなこと思いたくないんだよ!

と、自分に言い訳。
内臓がどんどん冷たく重く感じる。


……。
あー嫌だ嫌だ。
疲れるよ、悲しむのは。
会話に余計な感情は投げておこう。保留。
そういう思いで無理矢理顔を上げた。


さぁ質問に戻ろう。
しかしどうすればいいかなんて、訊かれてもこっちが困る。
逆の立場なら野暮(ヤボ)だから訊かないよ。

なにか具体的なことを求めてあげればいいのだろうか?
しかしお願いしたことをそのままされるのでは、私の心は癒えそうもない。

……。


私「泣きそうなの」


少しマシな声が出た。
もう泣いてるけれど、見えていないから少し見栄(ミエ)を張る。

希望を言っていいのなら、今の私の気持ちを知ってくれないだろうかと、そんなことを言った。


「どうして?」


彼女は静かに尋(タズ)ねてくる。
分かりにくいことかな?


私「人が皆死んで、私一人だからだよ」


彼女自身の言葉を返す。
口にすると、夢みたいな状況だと思う。
すると、


「一人だと悲しいの?」


思いがけない変化球を投げてきた。

(うそぉ)

一気に会話のゴールが遠のく。
そりゃあ、言葉にするのは難しいけど、


私「うん」


現に、泣くほど悲しいのだ。
あぁ、ここまで通じないと億劫(オックウ)だな。
どんな質問が飛んでくるか、ドキドキしてきた。
次に飛んできたのは、


「一人じゃないよ」


という言葉。
……え?


私「え?」


思わず振り返りそうになる。
さっきは私だけって……。


「だって、私がいるよ!」


明るい声。
とびきり明るい声でそう言った。


私「……あぁ」


……あぁ。
際立(キワダ)つ私の暗い声。

励(ハゲ)ましている、というよりも、なんだか自信に満ち溢(アフ)れたヒーローのような口調。

イラッとした。
真面目に聞いているんだろうか、彼女は。
面倒に思いながら、人間は私だけでしょ、と返した。


「……うん、そうだ、けど」


明らかに落ち込んだ声の相づち。
……えっと、私が話を戻そうか。
しかし反応は終わりかと思いきや。


「……じゃあ私って、何?」


続いた。

なんで、ことごとく流れを外してくるの?
血が勢いよく頭に昇(ノボ)ってくる。
あなたの話じゃなくて、今は私の話をしてるんだよ。
期待してないことを喋(シャベ)らないで!


私「何じゃない、アンドロイドでしょ!それ以上でも以下でもないよ!怒らせないで!」


語調(ゴチョウ)が強く、殴るような響き。

吐き出すと少しして、心に後悔が襲った。
叫(サケ)んだとき、胸中にあった黒い渦(ウズ)、彼女への悪感情。
それを言葉に乗せてしまったことで、また自責(ジセキ)の念が胸を刺す。


私「……もう、一人にしておいて……」


抑えていた涙が湧き出し、心に波紋(ハモン)を起こす。
あーあ、ダメダメだ。
こんな私なんか、ずっと一人でいればいいんだ。
慰(ナグサ)められるべき人間じゃない。
私なんか……ーー



ーーどう立ち直ればいいのだろう。

間もなくのことだ。そんな自問(ジモン)を、傍観者(ボウカンシャ)側の目線でし始める。
今も声を潜(ヒソ)めて泣いている自分を、憐(アワ)れみながら見ている。
これから孤独をどう対処(タイショ)するのだろう、私は。

時間をかけて、一人でいることを忘れていく?
悲しみを感情ごと無くしていく?
いずれにしても、まだ「人間らしさ」への執着を手放さないでいる私には最悪の未来に写った。

しかし、じゃあ。
こんな張り裂けるような悲しみに、1時間後、2時間後、明日の限り、死に際(ギワ)まで苦しみ続けるのか。

そう思うだけで、ドクンと、心臓ではない何かが跳ねた。

つかの間、思考停止状態に陥(オチイ)ったようだ。五感は真っ白。
……復活して、感情が限界に達したということが、漠然(バクゼン)と分かった。


もう自分はどうしようもない。
絶望しか見出だせない心境で、行き詰まるとき。
人は助けてくれる何かを求める。
その資格がないと責める自分、恥を恐(オソ)れる自分に、許しを乞(コ)いながら。
それが、今の私自身の痛切(ツウセツ)な思いだった。
だから、


私「……どうしたらいいのかな?私」


自分勝手を承知(ショウチ)で、突き放した彼女に助けを求める。

躊躇(チュウチョ)が外れたのは、彼女が感情のある人間ではないからかもしれない。
不純だ。それも認める。
だけど今はこうするしかないんだ。

彼女は、応(コタ)えてくれた。


「……悲し泣きするより、落ち着いたほうがいいよ」


かなり冷静な反応だった。気遣(キヅカ)われてるのか、冷ややかに見られてるのか、そこに感情はないのか。
実際は3番目だろうが、声の印象は1番目に感じる。

別に泣きたくて泣いてる訳じゃないのに、とも思ったが、
そうなら、言う通り落ち着けばいいか、という気になる。
心のトゲは大分大人しくしているみたいだった。
でも、根底(コンテイ)の悲しみはどうしたら消える?
落ち着くには、どうすれば。


私「じゃあ」


考えなくても、解決法は一つしか無かった。
もう、率直(ソッチョク)に言ってしまおう。


私「一人じゃないと思わせて」


孤独を凌(シノ)ぐ唯一の方法。
右耳を向けるように少し振り返って、お願いする。


彼女は黙っている。


難解(ナンカイ)で、無茶な要求だと思われただろうか?
頑(カタク)なに私が冷たい態度をとるから。
しかし、実はとても簡単だ。
だって、心が伴(トモナ)わなくてもいい。

どんなことだって、ただ彼女が自分で考えてさえくれれば。
それで私は、思いやりを……人間の心を感じた、
そんな気になれる。
ひとまず落ち着けると思う。
流石に虚(ムナ)しくなるので、そこまでヒントは与えないけど。

……いや、むしろ。
もう、いらない理解は求めないでおこう。

人間とアンドロイドのこうあるべきという距離感は、昔も今も同じなんだ。
彼女がそれ以上に踏み込んでくるのかと勘違いして、また、変な期待も持ってしまっただけ。
結局人間とアンドロイドであるのに変わりはない。

……にしては私の要求は行きすぎてるけど、そう、形だけ。
そしてこれで最後だ。



たっぷりの間。背中の彼女からは質問も無く、私はずっと正面を向いて、情緒が不安定にならないよう無心(ムシン)を努(ツト)める。
しかし胸の圧迫感で涙が押し出され、膜(マク)を張る。瞬(マバタ)きをするとこぼれそうになるほど。

その我慢自体が苦しいので、両目を閉じた。
まぶたを透ける赤黒い光と、草木のざわめく音と、かすかな寒暖の変化とを、首から上で感じ取る。

(……ん?)

そこで、気付いた。
肩に、置かれた手のひらの感触がわずかにあって、暖かいこと。
麻痺(マヒ)していた体に細い神経が通っている。
そう意識したのがきっかけか、首に体が繋がっている感覚を、少しずつ取り戻していく。


そして突然、彼女が動いた。

肩の手の感触が外れたかと思うと、今度は私の胴に腕が巻かれ、ぐっと後ろに引き寄せられる。
そのまま上体がのけ反(ゾ)って慌てたが、すぐに彼女の体のクッションが密着して止まった。
目を開くと、伸びきった足の両横に、彼女の足が並んでいて。

その結果、私の体はリクライニングシートのように、彼女にもたれる形に収まった。


ドクン、ドクン、と誰かの心臓が脈打(ミャクウ)つ。
自分の内側か、それとも背中越しにか、分からない。
とにかく、困惑した。


私「……な、に?これ」


振り向くけど、後ろまで見えない。
ただ、耳元に口があるのを呼吸で感じるだけ。
音まで聞こえる吐息(トイキ)で、喋(シャベ)ろうと息を整えているのが分かる。

唾液(ダエキ)を呑(ノ)み込んで、
空気を吸った。


「……私はアンドロイドだけど、人間に近付くために、感情だってあるし、温かい血も流れてる。
無機物でできてるかもしれないけど、抱き締めても痛くない、柔らかい皮膚(ヒフ)があるよ」


肌に触れ、温(ヌク)もりに抱かれ、声に包まれる。
その肌に、温もりに、声に、私は安らぎを覚え。
それと共に、滞留(タイリュウ)していた血が巡りだすような熱(アツ)さが沸き起こった。

正体は驚き。


「だから……」


私の気のせいじゃないのか?
彼女の体から……腕に込められた微(カス)かな力から、体に帯(オ)びる微熱(ビネツ)から、規則正しい鼓動(コドウ)からも、流れ込んでくる。
言葉以上の力を持って、私に純粋なそれを信じさせる。
彼女の愛情、それと痛み。


「だから、せめてあなたのペットには、なれる?」


その痛みとは……


「同じ人間にはなれなくても、愛玩(アイガン)動物としてなら、あなたの寂しさを癒(イヤ)せるかな……」



吐息が髪を撫(ナ)で終わる。
感情があると言った彼女の言葉は、確かに。
哀しく泣いていた。


私の主観が天地ひっくり返る。

『心は神秘で、人間にしか備(ソナ)わらないものだ』

壮大な固定観念が、頭を割るような音を立てて天に落ちる。

ゴミと化した山の中。
虚空(コクウ)に、逆さまに立っていた自分を見つめると、その目には醜(ミニク)い感情のフィルターがかかっていた。

なんだ。
宝物のように守っていた私の心は、全く美しくない。
だから、気付けなかった。

彼女がずっと、優しさで接してくれたことに……。


私「……ごめん」


震える目を、堪(コラ)えきれず伏(フ)せた。
じんわり、お腹の氷が溶け出し、顔をしかめずにはいられなくて。

また泣くのか私は、と自分で呆れる。
だけど、この涙はなんだか違った。
自分を卑下(ヒゲ)する気持ちと、また別の、全(マッタ)く新しい感情が膨(フク)らんで、満(ミ)たされていく。


私「気付かなかったよ」


人はどんなことでも、高ぶれば泣いてしまうんだなと、自嘲気味に笑った。

伸びきっていた手が動かせたので、腹部の彼女の腕に『ひたり』と重ねる。
柔(ヤワ)らかくて暖かい腕。こんなに愛おしいものなのか。
震えるほど嬉しいものなのか。


私「一人じゃ、なかったんだね……」


孤独しかないはずの世界で、彼女の心に出会えた。

歓喜。

嬉しくて、心底安心して、そして抑(オサ)えていた悲しみが一気に溢れて、
とうとう泣いた。
痛みがぼたぼたと雫(シズク)として落ち、わんわんと声を上げる。
心を抱き止めてくれる人がいる喜びに、また涙腺(ルイセン)を緩(ユル)めながら。
幸せに泣いた。


頭を撫(ナ)でてくれる彼女。
まるで赤ん坊のようだけど。
いつまでもこの揺りかごで、泣いていたい。



ーーそれが私の、新しい人生の産声(うぶごえ)。

そして雨は止む。







< 雨止む日 >  ー 終 ー