怒涛の一週間 | ひまわりのささやき

ひまわりのささやき

キママなキマグレ日記

本日より主人も私も通常運転となりました。

木、金でしっかり義父をお見送りできたと思っています。

楽しい話題でエントリーをあげられないのが申し訳ないけど、
備忘録として書いておきます。


10日
義父、死去。
病院に駆けつけるもすでに心臓マッサージの状態。
21:15に死亡確認。
2時間半後には家に迎え入れ、互助会ホールの方と打合せ⇒見積り。

その日は着の身着のまま、お風呂にも入れず義実家に泊。


11日
朝からお寺さんとの折衝。
さらにそのお寺さんが枕経をあげにくるということで、
朝の9:30から枕経。
そのまま、お布施の値段を伺う。

昼過ぎに私の親が到着。
さらに母方実家親戚到着。
実母は枕花と、大量のまい泉のカツサンドを持参してきてくれた。
「こういう時は食べ物の心配があるから、これ食べてね」って。
我が母親ながら、この気遣いに泣けてきました。

リビングには総勢7名。
にぎやかになり、時には笑い声も。
義父も喜んでいただろうな。

14時くらいに義兄到着。

この日は義兄とバトンタッチで自宅に戻らせてもらう。
(義姉は泊まらず)


12日
昼過ぎに義実家へ。
この日は父方の兄弟と姪たちが来てくれた。
(あと、私は会えなかったけど義姉のご両親も来てくれました)

この日を最後に、義父はセレモニーホールの冷凍室に。

※葬儀までずっとお家に居させたかったけど、担当の人が
「ご遺体のそばに居たいお気持ちは分かりますが、ご遺体にとっては一番よくない状態」
ということを強調し、預かって頂く事になりました。

でも、結果・・・そうさせてしまった事に後悔しています。
この寒い真冬。
ドライアイスの交換を増やしてくれれば済む話。
恐らく斎場側のマンパワーの関係だと、あとになって気が付きました。
真夏ならいざ知らず・・・。

この日も義実家に泊まる。


13日
義父のいるホールに面会しに行く。

苦しまない最後だったと担当看護師さんより聞いていた通り、本当に綺麗な顔。
今にも起きだしそうな感じ。

通夜、告別式で義父の写真を貼ったコルクボードを作成するにあたり買い物。
あと夕飯の買い物。

義兄とバトンタッチして自宅へ戻る。


14日
主人も私も出勤。


15日

通夜は夜からだけど、義母の喪服の着付け手伝いの為少し早めに行く。

私は自分では着物は着れないけど、母の着付け手伝いをしていたので
スーパーサブとしてお手伝いは出来る。
義母も自身で着れるけど不安がっていたので・・・

「帯ならお手伝い出来ますよ」 と、お手伝いを買って出たら・・・
長い事着物を着ていなかった義母はすっかりお太鼓帯の仕方を忘れているではないかっびっくり

私はあくまでもスーパーサブ。
いやはや顔面蒼白になったよね。

速攻ipadでお太鼓のHOW TOを調べる。

あくまでも母の手伝いで、母の方法でのスーパーサブだったから本当に焦ったよあせる

義母は自分が出来なくなったことを詫びるでもなく、私が出来て当然!という態度。

結果、超絶綺麗な帯にしてあげられました。 ←誰も褒めてくれないから自画自賛


16:30から納棺の儀。
義母、義兄、義姉、姪、主人、私

みんなで旅支度をしてあげ、持参してきた愛用品を入れてあげました。

続々と到着する親戚たち。
控室に案内したり、お茶出ししたり、洗い物したり・・・仕事はとめどなく。
そうこうしているうちに18時。通夜開始。

家族葬ではなく、一般葬にしました。
一般弔問の席は足りないくらいの弔問客。

本当に有難い。

私の地元の仲良しも来てくれました。

「〇〇君(←主人)は、もう、とーこの旦那さんではなく、私たちの友達だから・・・」って言って。

号泣カスパー11

想像よりも多い弔問客にただただ感謝しかありません。

翌日の着付け手伝いもあるので、義実家宿泊。


16日
告別式。
最後のお別れの日です。

前夜のにぎわいと打って変わって、親族とご近所さんのみの会葬。

告別式の読経に続き、初七日の読経。

最後のお別れは本当に辛かったです。
義母は主人に引き離されるように、係りの人に促されるように義父の顔から手を離しました。

くぎ打ちの儀式は無し。(最近は悲しみが増すのでやらないことが多いそうです)


義兄の挨拶。
号泣の雰囲気の中での挨拶は大変だっただろうけど、立派に挨拶していました。

みんなに見守られ霊柩車に。
霊柩車には義母、義兄一家。
私と主人はマイクロバス。

この地域の火葬場はまだ新しく、近未来を彷彿するような造り。
年末年始があったので火葬場が混んでいるとは聞いていたけど、
ここまで混んでいるの?というくらいでしたね。

お骨になるまでの時間を利用し、初七日の精進落としを頂く。
この時主人がみなさんに挨拶をしたのですが、なかなか立派な挨拶で見直しました。←見下しすぎ

約1時間後、義父は骨になって戻ってきました。

思いの外しっかりした骨でした。
時折出てくる、心臓手術をした際のホチキスの残骸が辛かった。

ホールに戻り、親族の方にご挨拶をして解散。

お家に戻ってきた義父を祭壇に連れて行き、お花を飾り立派にしてあげました。

義父を取り囲んでみんなで写真を撮りました。

おとうさん、みんなで頑張っていくからね!!