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ドライフルーツのブログ

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モノが豊富にあれば、幸せか?
というと…
逆に幸せを感じられなくなってしまうのかもしれない…

昨日、夕飯は外食をする事にした…

しかし、長女と三女の行きたい場所が違っていて…
結局、三女の意見が通り…
サンマルという、パンがお代わり自由のレストランにいった…

一人2000円以上のメニューから、好きなものを選んで…
値段的には申し分のない十分に贅沢な食事をしたのだが…

自分の意見が通らなかった長女は、終始不機嫌な感じにみえた…

普段には食べられないプチコースに舌鼓をうって…
満足な食事のはずが…

長女の心なしか不機嫌な態度は、
その場の雰囲気に少なからず影響していた…


家に帰ってきてから、わたしと、妻は、長女の態度について話をしながら
昔、自分たちが子供のころ…外食に行った話を話をした…
妻も私も大体同じような体験をしていた…

私達が子供の頃は、外食は、まだ珍しく…
年に一、二度外食に連れて行ってもらう程度だった
年に一、二度のために…なお更、二人とも印象が強く残っている…

わたしの場合は、小学生の頃に、
近所の天ぷら屋さんに連れて行ってもらったことが強く印象に残っている…

外で天麩羅を食べるのと、家で天ぷらを食べるのとでは大分違っていた…
普段の家の食事も十分においしいのだが…
美味しさの印象がまるっきり違っていた…

先づ、半紙をキレイに、三角に折って
この上に、キスやら、ナスやら、イカやらが…
…当然、主役のエビまで…
揚げたてのアツアツで、形良く並べられ…

天ぷらの片隅に、円すい台の形に整えた大根おろしの上に、生姜おろしが乗っていて…
これを、天つゆに入れて食べるところに、普段の家の食事と違った非常な高級感を醸し出していた…

食べれば、衣はサクサクで、天つゆに浮かべた大根おろしでいただく天ぷらは
今までこんなおいしいものがあったのかと思うほどに美味しく
目一杯の幸せを感じたものだった…

今は…というと…
外食が日常茶飯事になり…
当たり前になってしまっていて…

自分の望みがかなわなければ…
高級料理を食べていても…
簡単に不機嫌になってしまう…

決して、私たちの子供の頃が、裕福だった訳ではない…
むしろ、節約に節約を重ねて…
…だからこそ、年に1、2度連れて行ってもらえる外食が無茶苦茶…
贅沢に感じ…

満足感を味わえたのだろう…

その頃の方が、何にでも、幸せを感じられたのかもしれない…

自分を含めてなのだが…
高級な料理を食べても、それが日常になってしまうと
感動やありがたさは、昔のあの頃のような精彩はなくなってしまっている…

なんにでも、ほどほど…
慣れすぎないようにすることが…
長く楽しむ秘訣のようだ…

少し足りないぐらいが、満足感を味わえる

ということで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう…

わたしの場合、座ってものを考えても、アイデアが浮かばないことに、最近、気が付いた。
食事を摂ると、寝さが湧いてくるし…
食事の後に座って、ブログの話題を考えて書こうとしても、アイデアが浮かばない…

そういう意味で、会社での仕事の変化が、わたしの発想の機能について気づかせてくれた…
それは、ここ半年…現場で仕事するようになってからだし…
職場の掃除をする様になったってからだ…

わたしのアイデアスイッチは、身体を動かす…
身体を使うことで、アイデアが湧いてくるという特性があることが分かった

どんな行動が、どんなスイッチをいれることになるのか、
ひとそれぞれ、スイッチの入り方が違うようだ…
わたしの場合は座っていても、なかなか、アイデアが出てこないのだ…

そういった意味で、私の坐骨のプログラム障害は、意味があったのかもしれない…

座っていては、アイデアが浮かばない…
立ち上がって行動しなさいよ…
あなたは、そういう特性を持っているのですよ…
と、言うことを、教えるために…
わざわざ、長時間座っていられないプログラムを生まれた時に、
組み込んできたのかもしれない…


人間は考える葦である…

私の場合は、
人間は考える足である

足で立ち上がって行動することで、
次々と、アイデアが浮かんでくるから、不思議なものだ…

自分のスイッチがどこで入るか…
人それぞれだと思う…

そいういう意味で、自分の楽しいと思えることのスイッチを入れ方を探すのも…
一つの楽しみになる…

そう言えば、うちのお袋さんは、
家の中にこもっていると、元気がなくなる…
外に行った後は、妙に、元気になって帰ってくる…

わたしの家内は、逆に家に居て、パソコンに向かい、
いろいろな記事を読んだり、知り合いのツイートをチェックしたりしていると…
元気になる。

人それぞれ、元気になる特性は、千差万別、さまざまだ…
だからこの世は、面白い…

いろんな特性を持った人が…
それぞれの役割をはたしていって…
元気になることをしていったら…
役割が、重なり合うこともなく…
いろいろなよきものが生み出され…
素晴らしい世界が、生まれる予感がする…

あぁ~~楽しい

ということで今日はこのへんで
明日また、お会いしましょう

ps
ちなみに今日は、行き詰まったので、風呂掃除を始めようと立ち上がり、…
出てきたアイデアを書き綴ったものです。

最近のパターンでは、アイデアが朝の時間に湧いてきて、
それを、30分程度の通勤の運転時間で
頭の中でおもいをめぐらせ、熟成して…
駐車場についてから、ほぼ書き上げるというパターンになっている。

会社が休みの日には、このパターンが崩れるため、
意外と、時間がある割に、ブログ書きが進まず。いらいらしていた。

今日、自分スイッチの入れ方がわかったので、
また、今後も、やる気スイッチの入れ方を研究していきたい。

私の場合は、一人になって考える時間も、必要だ。

会社帰りに、一時間ほど図書館で読書をすることにした…

ここ数日の話だが…
これもしばらく続けたら…
どんなことが起こるか楽しみだ…

ps2
今は、恐怖の克服のために、働いている…

明日、食うための金を稼ぐため…
働いて稼がないと食えない…
食えないと死んじゃう…
だから、食うために働いている…
というパターンで、恐怖克服の洗脳にあって…
選択の余地すらない…

自分がやりたいこと…
それがわからないから、会社に働きに行っている…
今は、少なくともそうなっている…

それでも、食うためのお金だけは、なんとかかせげるのだから、
ありがたいと言えばありがたい…

今日…
自分のやる気スイッチの入れ方の方法がわかって来た…
あと一押し…
次に繋げる方法を模索していけば新たな展開ができる気がする…

ps3
アイデアを沸かせたいときには、身体を使うことがわかった…

今は、いろいろと便利な時代で、
行動しながら出てきたアイデアを簡単にメモすることができる。
そういう意味で、スマホは、欠かせないメモのツールだ…

行動しながら浮かんできたアイディアを携帯にメモしていくのも
最近の楽しみだ…
ひとは、わざわざ、口に出して言わなきゃいけないほど、
そうじゃないほうの現実を強く認識している…?

なぜ、わざわざ、口に出さなければならないのか…
現実にはそうなっていないから…

そうしたいという願望の現れだったり…
そうしてほしいという、欲求だったり…

いまは、理想的な状態じゃない…
理想は、そうだけど…

だって、その通りになっていたら、
口に出すまでもなく…
認識すらできない…

有名どころでは…

天は、人の上に人を造らず人の下に人を造らず…福沢…

そういうものにわたしはなりたい…宮沢…

理想はそうだけどさ~~
そうなっていない…


あるいは、一般によく聞く言葉では、

本当のこと言って何が悪いの…

何が悪いといわなければいけないほど…
自分自身が悪いと感じている…


口をついて出てくる言葉の裏に
本当は、どのような意味が隠されているのか…
観察していると面白い…


また、強く認識する言葉や…
あるいは、自分が言われて精神的に傷つく言葉に
どんな意味があるのか…

こちらも観察していると面白い…


今日の勉強会で胸に突き刺さった言葉に…


『長い付き合いで、数年前から付き合っているのに
一向に変化がなく(進歩しない)
その場にずっと居るんだよね…
あまりずっといるので…
その場に留まっているのが好きなのかと思って…
まあ、それはそれでいいんだけど…
それでも、今でも付き合いがあるのは
少しでも、変化しようと思っているってことかな
と思って…』

と言うようなことを、先生から言われて、傷ついた…


しかし、わたしは…

なぜ、そのような言葉を引っ張るのか…
自分自身の中にどんな問題があるから、その言葉を
先生から引き出し、その言葉で傷つくのか…


そう、変化することを恐れている…
そんな自分に嫌気がさしている…

進歩することを良いことだと思っている

進歩しなければ、意味がないと思っている…

進歩しない人を裁いている…

そのため、自分基準で進歩しない自分自身も裁くのだ…


何処まで行っても…
自分自身の中の問題だ…


自分の中に何もなければ
それこそ、何を言われているかもわからない

言われていても、
自分が言われたのだという認識すらないかもしれない

今日は、その言葉と共にいて

自分の中の何を見せようとしているのか
考えてみたいと思う


今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
見る人がいて、演じる人がいて…
はじめて、映画が成り立つ。

教えられる生徒がいて、教える先生がいて…
学校が、成り立つ。

身体の不調を持つ人がいて、それを診て治療する医者がいて…
病院が、成り立つ。


患者がいなければ、医者という、職業は、要らない。

観る人がいなければ、
演じる役まわりのひとは、いらない。

生徒がいなければ、先生の役どころは、いらない。


ということは、どちらも対等ということのはずだが…
実際には、そうなってはいない…


病院では、お医者さんがパソコンとにらめっこしながら、
患者さんの顔を見ることもなく、鷹揚に患者に対応している場合が多い…

そこからは、とても対等という雰囲気は受け取れない…

だからと言って、お医者さんの中でも一生懸命やっている方も多い…

ただ、よーく考えてみたほうがいい、一生懸命やっている人は、
忙しさにかまけて、熟考していない場合があるからだ…


とはいうものの…
自分は、どうなのかと省みると…

人のことは言えずに、ずいぶんと恥ずかしいことをしている…


ファミレスに行けば、店の人に、鷹揚な態度になっている…
以前、家内から注意されたことがある…

しかし、意識していなくても…
心のどこかで、金を出すほうが偉くて、食事を提供する人を召使か何かぐらいの気持ちで接している…?

もう一度よく考えて、反省しよう…

いつでも、どこでも、謙虚さを失わないようにしたい…
注意しないと、何処かで大切な謙虚さを失ってしまう…

謙虚とはいっても、必要以上にへりくだることでもない…

対等な対応するためには、常に謙虚に前向きに…
を心がけていたい…

というわけで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう…
人に言いたくなることは、自分がしなさい。

自分もそうして来ました。
人にアドバイスしたくなることを
人にアドバイスすると共に自分が実践して来ました。
というのが、都留晃一さんが、話されていたと、伝え聞いた。

三女には…TOEIC、TOEFL、
受験慣れしている時に、何度も受けた方がいいよ。

娘たちには…手伝いをしなよ…
たまには、食器くらい自分で洗えよ。女なんだから…

自分で人に言っていて…
自分は…どうだろう…

人のことは、いいんだよ。
まず、自分のことが、自分でできているか、振り返りなさい。
という言葉が、頭の中をかすめた…

以前、生長の家という宗教を信仰していたことがある、
その創始者が谷口雅春先生という方だが…

よりよく生きるには…だったろうか…
と相談に来られた方に次のように語った…と、

先生:今日、ご飯食べましたか…
信者:ハイ
先生:ご飯を食べたら、お茶碗洗いましたか…
信者:…
先生:そういうことです

全く、身につまされる…


筋肉の勉強を自分がやりたい…今日、本読みましたか

たんじゅん農法やりたい…
ご近所で、庭を畑にして、野菜を育てている方がいる…
わたしは、庭を畑にして、たんじゅん農法…始めたんですか…

そういうことです…

当たり前のことを…
当たり前にできること…

自分の望みをもう一度、考えてみよう…

簡単にできる方法…

たんじゅんに、できる方法…

自分の出来る方法で始めてますか…?

だって、それを自分がやりたいって、言ってるんでしょう…

では、まず、自分でやったら…

という声が、聞こえてきそうです…

…そう…
そう、聞こえてきたんです…

自分の望むことを…
まず、自分がやったら!…

わかりました…
自分で、やりま~す!

ということで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう
終わってしまうと…
ずいぶん、あっけないよね~~

高校3年生の卒業式を終えて帰ってきた三女とはなしながら…
家内がシミジミ、言った…

ただ、たんたんと、過ぎ去っていく…

何か、成果があったのか?…
と、いうと、あったといえば、あったようだし…
なかった、といえば、なかったのかもしれない…

ただ、何かをして来た結果として、
成果があったといえるかもしれないけれど、
よくよく考えてみると、ほんとうは、直接の因果関係があるわけではなかったりする…

大学に受かるのもそう…
努力して来た結果として、
勿論、合格という結果があったとも言えるが…

努力しなくても、もともと、能力が、
備わっているいてほとんど努力を必要としない方も勿論いるだろう…


人一倍努力しても大学に合格できない場合だって
いくらでもある…

現実は、冷酷である…


話はがらりと変わるが
流行りすたりというのも、原因と結果の間に関係性が存在しないという意味で、似たような感覚もある…

流行は、どこから来て、
どこに去っていくのか?

私や、家内が、高校生だった頃…
いわゆるヤンキー系の人たちは、女性では、長いスカートが流行った…
今では、極端に短いスカート…
10年ほど前は、ルーズソックスが流行ったが…
今では、短い足首くらいの長さの、スポーツタイプが、流行っているという…


流行は繰り返すとはいうものの…
それぞれの流行の理由は、少しづつ違って来ていて、全く同じ理由で、流行っているものなど何もない…
と、いう意味では、同じ事が繰り返されるということは、無い!と、考えていい…

そこには、発生の理由は、存在せず…
理由が存在するかに見えて…
全てが後付けの理由であり…
何の因果関係も存在しない…とも言えれば
因果関係が厳然と存在している…ともいえるばあいだってある

だから、努力は必ず報われる…ともいえるし
努力は必ず報われるとは限らない…場合だってある

だから、この世のこの不安定性がたまらなくいいのかもしれない…
でなければ、この世で遊べる醍醐味が無い…

破壊と、創造
そう、常に、破壊と創造が、たんたんと繰り返されるだけ…

その変化に、過剰に反応するのではなく…
ただ、たんたんと…
ただ、真摯に…
ただ、自分のあるがままに…

…これからも、変わらず、生きていきたい…


ということで、今日は、この辺で、
また、明日お会いしましょう

ps
ただ、この世は、自分の法則を見つけていくゲーム…
見つけた法則は、自分だけのもで…
厳然と法則性が存在する
新たな挑戦…
今日から、新しい仕事が始まる…

これまで、7か月間…
会社で倉庫の仕事をしてきて、
倉庫の2階は、ほぼ、一人で仕事ができるようになった…

倉庫業務を始めてから初めてフォークリフトの免許を取得し…
多少は運転も慣れてきた…

今日からは倉庫一階の仕事が始まる…

今までの倉庫二階の仕事は、一人だけでこなせる仕事が多かったが…
今後は、外注業社さんとの受け渡しやフォークリフトの作業も増える…

何が、一番手間のかかる仕事なのか…
経験者に聞けば、一概に、大変だよ…というだけで…
何が大変なのか、わからない…

また、人に聞いたところで、その人の大変が、私にとっての大変かどうかもわからない…

それぞれが、違う経験の持ち主だから…

教えてくれた人の体験は、あくまでも、その人の体験で、私の体験では、ない…
参考になるかもしれないが…
私の体験に落とし込んでみなければ、私がどう感じるかがわからない…
まずは、やってみることだ…

まぁ、それほど、たいそうなことではないけれど…
新たな仕事は、そういった意味では、新たな挑戦と、言えなくはない…

少し楽しみなのは、フォークリフトのスキルは確実に上がるだろう…
他にどんな楽しみが待っているか…


筋肉の勉強会の企画立案も、新たな挑戦という意味では…
同じだろう…

新たな企画として、やろうと決めてはいるものの…
未だに、企画書を作っていない…

企画書を書いてどんな目的でどう転がしていくかを明確にすべき…
と小嶋先生に促されているが…
気持ちだけは焦る…

どう転がせるか考えるのも勉強になるし…
楽しみの一つだと…

言っていることはわかる…

そこをやらずして…何ができるというのだろうか…
そこをやらなくても何か出来るかもしれないが…

企画書を書いた方がいいと出る…
どうしよう、どうしよう、どうしよう…

と、考えるていると…
ドキドキ、ワクワクは止まらない…

これだから、新しいことは、止められない…

今日から、三月…
春に向かう…
新たなスタートを切る季節…

終わりは、新たな始まり…
期待と不安は同じもの…
どちらも、ドキドキワクワク…

というわけで、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう…
時間的な焦り…を感じることが、よくある

いつもの時間に、会社に行けないだけで…
もう、気持ちは、そわそわして…
冷静な判断すら、できない…

そんな時、前に、少しでも遅く走っている車がいると…
追い抜きたい衝動に駆られ…
停車中のバスを追い越さずに、もたもたしていると…
途端に、文句が口をついて出る…

今日は、朝。家を出るのにたったの10分強遅れただけだった…
だけなのに、この心のありさまだ。

いつも時間に余裕のある時は悠然と行動しているくせに
いつもの時間よりも、遅くなってしまうと途端に気持ちが焦りだし…

とくに会社に遅れているわけでもなく、
意外とちょうどよく間に合っているというのに
気持ちが焦って仕舞う場合が多い…


また…
何かやらなきゃいけないことを先送りにしている時…

やろう、やろうという気持ちだけは先行するが、
結局、手が付けられないこともある…
気持ちでは、何とかしなければいけないと、思っている…

ただ、本当は、自分でやっていることなど何もないはずだ…

アイデアは、あちらの世界から、降りてくるから…

そうとは、分かっていても…
そういう感覚に慣れていないために、焦りを感じること、しばしばだ…

逆に、遅れることが、必要な場合だってあるだろう…

遅れることが必要な場合…
タイミングが来ない場合…

それぞれ、コントロール不可能…

まっ!どこまでいっても…
自我で考えて見たところで…真実は見えてこない…

もう散々、焦りをやり尽くてきた…


そろそろ…焦せらない選択をするとどうなるのか…
というのを、体感してみたいものだが…

あぁ゛~
それにしても…焦る、焦る…

それも、しかたないかぁ~
それも自分じゃないもんなぁ…

ということで、今日はこの辺で
明日またお会いしましょう
『今なら、なんでもできそうなきがする。』
朝、高校生の二人組が、家の前を通り過ぎるとき、一人がそう言っていた…

そう、今の自分なら…
なんでもできる気がする…
と、いうのは、正に、今の自分の心境だ…

何でもできる気がするのと…
何でもできる!
のとは…
訳が違う…

何でもできる気がする…
というのは、
一つのチャンスである事は確かだ!

そこまで、気分が高揚しているから…

このチャンスを逃す手はない、
チャンスを逃すのも、チャンスを掴むのも…
自分次第…

チャンスをつかむには、まず行動を伴うことが絶対不可欠だ…
行動せずに、得られるものなど何もない…

宝クジも、買わなければ、当たらない。
ちなみに、宝クジは、買った事がないので、勿論、当たったこともない…w

情熱を傾けるものが、今、必ず存在する…

今、今、今。
たった今、そう考えた時に…
行動に、移す。

それが、旬…
行動の旬というものだ…

チャンスは、いつでも存在している…
前髪しかない…なんてケチなものではないが…

気分の旬というのは…
もう少し、少ないものかもしれない…

気分の旬の時を逃さず…
行動に移して生きたい

ということで、今日はこの辺で
明日また、お会いしましょう。

ps
今なら、なんでもできそうな気がする…
とは、どういうことだろうか…

人間は、もともと、何もない世界から、無一物で来て…
何かを成してというほどのことではないが…
この世界で、何かを楽しんでいく…

勘違いしてはいけない…
何かをしなければいけないことなど何もない…

でも、わたしを含め、多くの人が、何かをしなければならない…
と、思い込んでしまっている…

自分が楽しめることだけを追求して生きたい…
自慢したい気持ちは、どこから来るのか…

自分の中の、劣等感から…
満たされない思いから…

自慢したからと言って満たされないのに…

何をしようとしているのか…
自慢したその時は、満たされたと思っても…

時が過ぎれば…
何のことだったのか…

満たされない想いを…
満たしてやるには、どうしたらいいか…

海水を飲めば…
さらに喉が渇き…
また飲めば、という悪循環…

最近、夜、爆食いをする…
満たされない想いの、相似象だろうか…
その後は、眠くなり、ひとしきり うたた寝をする…
欠乏感…

満たされない思い…
それが無ければ、満たされると言う感覚もなくなってしまうだろうか…

ただ、欠乏感があるという、思い込みだろうか…
何をやっても、どんなことをしても、満たされない想いを満たしてやることはできないのか…

自分の心をコントロールする…

満たされない想いが、
ただ
『あっ、あるな…
 満たされないと思っているんだな』
 と、ただ、見るだけ…

ただ見る、と、いうのは、一体化しないということかもしれない…

『自分以外の思考がそう考えている』
と、その思考から、離れて見ると、どうなるのか…
暫くやってみたら、答えが出るかもしれません…

ということで、今日はこの辺で
また、明日お会いしましょう

ps

『想いを遂げること』
と、
『その想い』
とは、別物で…

想いを、遂げたからと言って、
その想いが昇華できるかというのは…

別問題だ…

いつまでたっても、想いが残る…

ただ、その想いが遂げる必要もなく…
いらないものであるのなら…

ただ、ある、…
と言って…

自分の心の中に鎮めることも、
人類貢献になるのではないか…