ドライフルーツのブログ -16ページ目

ドライフルーツのブログ

ブログの説明を入力します。

最近、自分の体の不調は、自分で治すことを

心がけている。

 

5年ほど前に伊東聖鎬セイコウ先生のセミナーに

参加したことがあって、毎月一回程度行われる

セミナーに参加していた。

断続的に、2年程度は参加しただろうか。




いまでは、頭痛、腹痛、その他もろもろの身体の

不調に関しては、ほとんどの場合、医者に通うこ

となく。自分で何とかしている…

 

といっても、困ったときは、

小嶋歯科医院の小嶋敦先生に相談に行くのだが…

 

小嶋先生は、神奈川県中郡二宮町にある歯科医院

の先生だが、伊東聖鎬先生のセミナーを小田原で

開催してくださった方で、伊東先生の言わば弟子である。





私は、そのまた弟子の、孫弟子といったところか…

 

パーキンソン病で歩行のままならいい人が、デモ的に

施術を受けた瞬間、普通に歩けるようになるとか…

 

腕が上がらなかった人が、これもデモ的に施術を

受けることにより、簡単に腕が上がるようになる現象を

目の当たりにして、はじめは、驚き、感動した。

 

しかし、大抵の場合は、他人(ヒト)任せにしている以上

元に戻ってしまい、歩行困難や腕が上がらない現象に戻って

しまう場合が多い。

 

自分で教わったポイントを毎日施術することで、

良くなってしまう場合もあるのだが…

 

 

伊東聖鎬セイコウ先生は、自分のことは自分で…

というスタンスであり、

システムとして人の体は、例えば、歯が痛いといっても

単に、歯に原因があるわけではない。

その痛みは、体の別の場所、例えば、心臓血管系に問題がある

とか、脳血管系に問題があるとか、その他の消化器系や

循環器系の問題がある場合があるということを表わしている

だけであって、その痛みのある所に問題があるわけではない

と言われる。

 

その痛みの原因が、心臓血管系の場合は、身体のどの部分を

刺激してその人の脳に伝えればよいのかということを、

その人自身の脳にきくことにより施術ポイントを出す方法を

開発された。

 

その人の脳へのきき方の方法をいろいろと教えてくださった。

 

その人の脳に聞くといっても、その人の顕在意識が

その人の脳が知っている原因や施術ポイントが分かるという

わけではなく、本当の原因をその人自身の脳がすべてを

知ってはいるが、

それを一日や2日程度セミナーに参加して初めて会ったような

伊東先生に開示するかどうかという問題もあり。

時間がかかる場合も多い。

(人間関係を構築できていない人に深い部分まで教えてくれない)

 

また、わざわざ、そのような症状を作ってその症状に

逃げ込んでいる場合には、脳は情報を出さない場合もある。

 

よって、時間もかかるし、治そうという気持ちが

その人自身の情熱としてどこまで持てるかということもある。

 

また、伊東先生は他人任せになってしまう今の医療システムの

問題点を指摘している。

 

結局、医者に任せたら、自分の体ごと丸投げであり

…他人に治してもらったら、どこが不調だったのかさえ

分からず…どこが不調だったかさえ、わすれてしまう。

 

 

ほとんどの場合そうだと思うが、

ガン手術をする場合、同意書にサインするが、

手術を受けないという選択肢が患者側にはない。

 

本来は、手術しないという自由もあるのだが8割以上は、

心から同意せずに、やむを得ず同意書にサインして

後になって、副作用が起こり、医者のせいにする。

手術なんか受けなければよかった…と

 

私の母は、大腸がん、肛門の近くにガンが発見され

入院して、抗がん剤治療を受けた。

並行して、私が出したポイントも施術するよう指導した。

 

結果、がんがなくなったとのことだったが、結局

医者の勧めで、手術することに本人と父で決めた。

がんが再発する危険性が大きいということで

ガンがあった部分を切除する手術を受けたのだ。

 

手術の時の麻酔の影響かあるいは、抗がん剤投与の副作用なのか…

いま、母は身体全身がしびれてしまっていて、思うようにいかず。

また、物忘れがひどくなるという症状が出て困っているようだ。

さらに、大腸を10センチほど切って一時は人工肛門とつけていた

影響もあり、頻便となり、いつ便失禁してしまうのではないか

という不安もあり思うように外出ができなくなりストレスを

ため込んでいた。

 

一時期は、月に数度両親を訪問したのだが、その度に、

抗がん剤や手術をしたことに対して愚痴を言っていた。

 

抗がん剤治療を受ける選択、手術を受ける選択…

 

今の医療システム…

そして、その医療システムに頼り切ってしまって、

自分の体のことなのに、その医療システムに自分たちの体を

丸投げしてしまうという教育(洗脳)に問題がある。

 

 

自分の体に敏感になること自分の体と対話すること

自分の体に責任を持つこと

 

医者に丸投げでは、自分の身体と対話ができない。それでいいのか?

 

伊東先生は、そこをいいたいのだ。

 

だって、自分の大切なものは、自分で扱いたいでしょ。

誰がいますか。自分の宝を他人に任せる人?

 

いないよね。

でも。現実は、大勢いるの。病院行けばわかるでしょ。

 

洗脳なの。

いままで、そう教わってきたからしょうがないところはあるけど、

気づいた人からやめていく。

 

急にはだめだよ。あぶないから、だんだん作戦でいきましょう。



ということで、今日はこの辺で


また明日お会いしましょう。



時間だけが過ぎ去っていく。

わたしは、何をしているのか?

 

したいことを先送りにして、

やることを先送りにして、

モノにはタイミングがある。とか、リズムてのがある。

 

と言い訳して、ずっと先送りにしてきた…

 

 

不労所得を得る施策、今手を付けていることが終わってからにしよう。

再就職活動、今手を付けていることが終わってからにしよう。

なんでもかんでも、あれが終わってからにしよう。

 

そのうち、この世の時間切れになってしまう。

そんな人生でいいのか?

 

いつやるの?今でしょ。

 

いま始められることから、やっていく。

 

まずは、手をつける。

それが、今は、肝心。

 

だって、できるんだもの。

 

できないときは、そんなこと考える余裕さえないでしょう。

心に余裕ができて来たでしょ。

 

いまは、考える余裕がある。

だから、できる。

 

いまやりたいことを、まずやる。

焦る必要は、ない。

ただ、粛々とやるだけ。

 

やることを覚えていればいい、ただそれだけ。

 

全て、いまから始められる。

 

過去には、混乱して何をやっていいかわからなくなったことがあったけど、いまはそうじゃない。

できるじゃない。ただやるだけ。

 

すこしずつでも、ちょっとでもいい。

 

やっていこうよ、それに関する本をよむでも良い。

今日は、読まなくても、読む本や文章を手元に引き寄せるだけでも良い。

できなかったら、それだけでもいい。

 

そうしているうちに、そうやって、

…意識を向けていたら、いつかは必ずできる。

 

止めないこと、

不急不休という言葉を、高校時代の友人が、

僕の結婚式の祝辞で贈ってくれたことを思い出した。

25年以上前だけれど、これを書いていて突然思い出した。

 

急がないこと。休まないこと。

まさにそれだな。

 

やってみよう。不急不休で…

意識を向けたもんだけが現れる

意識を向けよう。

 

私たちは、ちょー能力者、希望を現実化する天才だ。

大丈夫。

 

できない時に無理にやれとは言わない。

 

でも今はできる。

よし、 やろう。

 

今日はこの辺で

また明日おあいしましょう。

どこにいても幸せになれない。


頭の中は常に何か欠点を探している


今日は晴れているから気持ちがいいけど、

明日は雨になるから、気分が悪くなるかもしれないなぁ…


気分は、その時々でコロコロ変わる。

だから、晴れたから気分がいいとか、

雨だから何時も気分が悪くなるというわけでもないはずだ。


いつも何に意識が向いているか。

常に先のこと先のことと考えていて、

先へ先へと考えすぎて

…今の幸せに気付かない。


先の事をただ心配しているだけ。

お金が無くなるんじゃないか。

心配しているその様な現実は来ない。


お金が無かったら、娘を大学にやれないんじゃないか。

心配しているその様な現実は来ない。

何とかなるものだ…

実際、大抵は、何とかなってしまう…


頭は先のことを心配しているから、いつまでも今を楽しめない。


いや、そうやって、先のことを心配して、

今を楽しんでいるとも言える。

今の暇を埋め合わせしている。

頭が暇すぎるからだ…


頭は、そんな心配事や愚痴・悪口・文句が好きのだ。


いつでも、そういう意識が自分を支配しているだけだ。


否、支配されているわけではない。

そういう思考が流れているだけなんだ。

思考は、自分ではない…

ただ、浮遊している想念だ…

それをキャッチしただけだ…


楽しいことは、今この場にもたくさんある。

 

それに気付かないだけ…


家内が、今朝言っていた。

私が何か調理している時に、家内が気を利かせて

料理を入れるお皿をせっかく出しておいても

大抵、それに気付いかず。

わざわざ、自分で別のお皿をだして、

盛り付けることがよくあるそうだ。

妻が出してくれたお皿を見ているように

お皿の方を見ているのに…


わたしの場合は、そういう事がよくあるらしい。


それと同じで、幸せの海の中にいるわたしは、

その幸せという存在に気付かない。


幸せの海の中にいる魚の様なものだ。


釣り上げられて苦しくなった時に、

やっと、幸せだったことに気づく。

という例があったが…


もしかしたら、

気付かずにただ苦しぃーとなるだけで、

海の中にいても、釣り上げられても

どちらも、苦しぃーという、不幸の中にいる様なものかもしれない。


気付きなさい、いまが、ただ幸せだということに、

ただ幸せなのだということを…


最高でもなく。

最低でもなく。

ただ幸せ…


お風呂に入って

あぁ゛~という感じ。

じわーっと、

来てるのに気付くだけでいい。


最高です。

じゃなくて、ただ幸せ…。

どんな状況が来ようと

…ただしあわせ。


幸せは、どこにでも転がっている…


それと同時に、不幸に感じることも

それと同じ分量だけあるというわけ…。

不幸と感じるだけで

本当は、不幸というものは存在しない…


どちらを拾うか…


いままで、随分、問題点を拾ってきた。


昨日の朝、妻からもらったメールを改めて噛み締めたいと思う。


『通勤お疲れ♪

 不幸の第一原因は、

 状況ではなく状況についての

 自分の思考~だから幸せでない


 気づきのヒント

  :俺は本当に困っているのか?』



それでは今日はこの辺で

また明日お会いしましょう。


ps1

あなたは、いま、何を受け取りますか

幸せですか

それとも不幸ですか…


ps2

現実は、思い通りにいかないと思っていませんか。

現実は、思い通りにいかないと、思う通りにいっている…

と言うことです。

『意識的な無意識』と『無意識的な無意識』

 

『無意識的な無意識』

こちらは何とかしたほうが良い。

 

わたしには、よくあることだが、

鍵をどこかに置き忘れて、

出かけようとしているのに

鍵がなくて出かけられなかったり…

腕時計をどこかに置き忘れたり…

携帯電話をどこかに置き忘れて、

自宅電話から携帯電話に電話して探してみたり…

 

今朝も、テーブルに置いてあった塩の容器を

無意識に台所に運んで片付けたが…

誰が片づけてくれたのと聞かれ…

ポカンとしていると…

お父さんがさっき片づけていたよと言われ

…えっ、俺…?

 

これも無意識の行動だった。

 

意識的に行動した方がいいよ…と、

妻から言われ…

 

その通りだなぁ

と、思ったので、この

『無意識的な無意識を解消する方法』

について考えてみた。

 

その前に『意識的な無意識』

というものがあると思うので、

そのことについて少し記述してみたい。
 

例えば、

自転車に乗れるようになる。とか

自動車の運転

ヴァイオリンの演奏

などなど

特にヴァイオリンの演奏など、

プロの超絶技巧は半端じゃない。

(お時間のある方は、下の動画をご覧ください。

 ヒラリーハーンさんの演奏

 26分頃からの演奏のスピードが凄い)




練習に練習を重ねることにより

自動反応を獲得し、天才が現れる場合もある。

 

ある意味、今やっている100日ブログも

毎日の練習の成果により

無意識的に文章が書けるようになってきている気がする

 

好きこそ物の上手なれ

面白くて、続けていることで…

(好きなものでなければ続かないが…)

自動反応で身体が動くようになる。

 

『意識的な無意識』とは、こんなところだろうか…

 

 

 

さて、課題の鍵の置き忘れなどの実害のある

『無意識的な無意識』を何とかするにはということだが…

 

無意識的な行動の原因だが、

『焦り』がその原因かというと、そうでもない。

焦ってやったからと言って無意識になるわけでもない。

まあ、焦ってやることは、いいこととは言えないが…

 

それよりも、何も考えていない時の行動のほうが、

無意識になりやすいようだ。

 

私の場合は、何も考えないで行動することが

多すぎるのかもしれない…

 

 

ということで、今日は会社で行っている作業を

意識的にやってみることにした。

 

 

ある決まりを自分で設定しその設定どおりの

行動を自分に強いるようにしてみた。

 

何も規制がなければ、つい無意識になってしまうからだ。

 

例えば、線を引くという作業も、

文字にかからないように真っすぐに引く

という規制を設けることということを

しばらく続けてみた…

 

すると、結果的に意識的な行動できるようになることが分かった。

 

このように単純な作業でも、一定の規制を設けて

何度も繰り返し行って行くと意識的に行動できるようになり、

しかも、『意識的な無意識』につながること

にも気が付いた。

 

また、規制を設けることにより

作業が必然的に丁寧になっていることにも気が付いた。

 

ある程度の規制(抵抗ともいう)を設けることが

解決法の一つになるのだと感じた。

 

皆さんも、自分なりのルールを作ってみてはいかがでしょう

人それぞれ、ルールが違うと思うので…

 

ということで、今後は、鍵の置き忘れなどについても、

応用していきたいと思う。

 

①置き忘れしやすいものの、置き場所を決め、

必ずそこに置くことにする。

②置いた時に特別な行動をする。

 

 

それでは今日はこの辺で

明日、またお会いしましょう。

 

 

 

ps1

家内は、モノをほとんど無くすことがない。

また、誰かが無くしたものを探し出す名人だ。

家族が無くした鍵なども、

よく見つけてくれるのは、大抵、家内だ。

無くしたものを使った後の行動を推理して

見つけ出す天才だ。

どうやって探すのと聞いたとき。

みんな、ないないと言って探すでしょ。

私の場合は、必ずあると思って探す。と言っていた。

 

また、持って帰ってきたことまでわかっていれば、

後は家の中を探すだけじゃないといっていた。

 

家の中まで持ってきたというところまで

せめて意識的に行動したいものだ。

 

ps2

目の見えない人は、どの様に工夫しているのだろうか。

置き忘れたら大変なことになるだろう、

目が見えない人の場合は、

もっと意識的になっているのかもしれない。

見習いたいものだ。

先週の金曜日、ボーナスの明細が届いた。

もともと今回のボーナスは、平均0.3ヶ月分ということだったが、

結果は、社員平均以下、会社の中では…多分、最低の0.25ヶ月分だった。

 

わたしの長女は社会人3年生だが、

彼女のボーナスと比較しても、額で言えば7分の1

 

とほほ…

 

だけど、就職していなければ、ボーナスもない。

赤字が大きい会社の場合も、ボーナスは出ないだろう。

 

…であれば、どこと比較するかってことになる。

 

ないないという、ないものに意識を向けてきた結果が今出た感じだ。

 

人のせいにしても、

結果は私の心の癖が作った産物で

それ以上でもそれ以下でもない。

 

また、その結果に意味があるわけでもない。

 

勝手な意味付けをして、遊んでいるのは私だ。

比較のないところには、意味付けができないから。

 

今朝修社後に、妻から励ましのメールが届いた。

 

『通勤お疲れさま。

下らない様々な言い訳をして

宇宙との繋がりを断っている。

あんな奴がいるから…

社会が悪いから…

貧乏だから…

願望が実現しない。

 

思考のくせや性格といったものは、

良いものであれ悪いものであれ

持続的な結果であるので

単に何度も繰り返せば良いだけの話です。

 

①自分は宇宙意識と一体である。

よって富も健康も無限である

 

②繰り返し考えていれば

頭に浮かんでくる思考も変化していく

 

③思考が変化するまで

繰り返せば状況も変化する』

 

はい、下らない言い訳をしてきました。

 

あいつが悪い…から受け取らない

社会が悪い…から受け取らない

能力がない…から受け取らない

 

宇宙はいつでも無限の富を

与えようとしているのに

受け取らない言い訳を散々してきました。

 

あいつが悪い、

あいつさえ良い成績をつければ、

溜飲が降りたのに。

 

その場限りの麻酔の様なものに、

安らぎを求めていた。

 

それが現実となったところで、

せいぜい0.3ヶ月分だというのに…

 

狙いが小さすぎる…

 

あるもの、与えられているものに意識を向けず。

足りないもの、心配事に意識を向けて来た。

 

その結果、足りないもの、

心配事を現実化してきた。

 

 

しかし、職場にさえ

私の周りを見渡せばそこには、

今必要な、全てが揃っているというのに

…目を向けてこなかった…

 

自分専用のデスク、

自分専用の大型石油ストーブ、

自分専用のスマホ、

自分専用の職場の部屋、

自分専用のスペース…

 

すべてそろっているにもかかわらず

それに感謝することがなかった。

 

嗚呼、いつでも、

無限の富が与えられている…

ありがたい!

 

 

それでは今日はこの辺で

 

明日またお会いしましょう

最近、よく出てくる思考が、頭を悩ませる…

 

まだまだ、金が掛かるな~

来年、次女は大学4年と三女が大学1年生になる。

まだ、来年からはしばらくはお金がかかるな~

 

三女が卒業する前…

2年生になったら、貯えが尽きるな~

 

これで、自分が転職でもしようものなら、

次に、今より給料の高いところに就職できる可能性も少ないし…

 

どうしよう…

 

という思いだ…

 

来てもいない未来を案じて、危惧する思考をずっと続けてきた。

 

 

そして、いつものことだが、自分の中でイジイジと考え続けてきた。

…というより、堂々巡りに陥いるのが常だ…

 

 

何年も何年も…そうしてきた。

 

そして、その思いを現実化してきた…

 

 

 

今日は、家内にそんな思考が頭をよぎることを伝えた…

 

大抵そうだが、そんなことのある度に、

妻は、いつも勇気づけてくれる。

 

そういう思いがあるっていうことをまず、見つめろことだよ。

そのうえで、目標…

自分のどうしたいという目標をその時に、思い浮かべればいいんだよ。

 

 

…だけど、あなたは、毎日達成していると思うよ…

 

生きているだけで…

 

そして毎日、会社に行っているだけで…

…達成しているんだよ。

 

 

毎日、毎日。あなたは、達成しているとおもうよ。

私は、そう思ってる。

 

 

そういう思考が出てきたら…

その思考から、目をそらさずに、あるなと、見ればいい。

だけど、それだけで終わったら、いつもと変わらない…

だから、その上で、自分の目指したい目標を再確認すればいいんじゃない。

それが、なりたい自分にベクトルを合わせるということだよ。

 

そんな思いが出てくることを許して、

そして、そうなってきた自分も許せばいいんだよ…

許せたものだけが、受け取れるものでしょ。

 

ダメだと思うものは、受け取れないよね。

だから許しなよ。自分のこと。

 

受け取っていいんだよ。

もうそろそろ、受け取ってもいいんじゃない。

 

何年も考え続けたてきたんだから、心のコップの泥水が真水になるまで、次の目標も同時に言うことだね~

 

そうか…

 

家内には、いつも励ましてもらえる…

ありがとう…

 

 

それ以外にも、妻は、何時も必要なことを指示してくれる。

 

妻の言うことには、はい!だな…

と再確認した今日の出来事でした。

 

 

ps

 

最近食べるものがなんでもおいしい…

美味いもんだらけ。…といったら

 

妻が…

健康で、美味しいと言う心があるからだよ。

自分に感謝だね。

焦りがどこから出てくるのだろうか。

 

今日のブログは何を書こう…

 

そんな焦りが、自然と出てくる。

 

しかし、平和だ。

 

そんなことで、あせりが生まれるとは…

 

 

自然発生的に出てくるものは、他にも沢山ある。

 

朝、日課にしている掃除の中で、今日は洗面台を掃除した。

 

いつも、バスルックとスポンジを使って洗浄し、

蛇口が出ている角部や排水溝の金属とホウロウの境目も歯ブラシで掃除する。

掃除した後は、タオルで拭き上げて完成。

 

しばらくして、起きてきた次女の洗面所を使用した後を見てみると、長い髪の毛が5、6本落ちている。

 

ちょうど、床面に掃除機をかけていたところだったので、濡れていない髪の毛は、吸い取って、次女に声をかけた…

『洗面所使った後は、髪の毛とっといてよ~』

 

(何のこと…)という感じで無言…

しばらく、掃除機の続きをした後に…

『洗面台の髪の毛とってくれる…』

家内からは、怖い顔しているよ…と言われながら。

『なんで、何も言わないの…』と続けた…

 

自分の頭の中では…

3人の子供たちは、洗面台を使っても髪の毛を掃除する習慣がないのか…

気が付くと落ちたままになっていることが多いよな~…

と…

余計なこと…?まで考えている。

 

洗面所に行った次女は

洗面台を見ながら

残った3本のうち、一本の髪の毛を洗面台に残してぶつぶつ言っていた

『髪の毛落ちるようなことしていないんだけど…』

全部拾いきらずに、そのまま、終わろうとしていたところ…

『まだ、ここに落ちてるよ…』と指摘して、残りの髪の毛を掃除した。

 

 

見えている世界が違うのか…

私は、幸い?目が良いため、細かい髪の毛などが気になって仕方がない…

子供たちは、全員近眼で、落ちている髪の毛が見えないことも多いらしい…

 

 

これまで何度言い続けて来ても

中々わたしの思い通りにいかないため…

もうそろそろあきらめてもいいのではないかと思う一方…

一緒に暮らしていく以上、ある程度のルールが必要だよなぁ…

 

などと、心の中で独り言が続く…

 

 

そういうイライラした気持ちが出てくるのは…

自分ではコントロールできないんだよ…

 

妻は

『それは、自分の内側に向かうチャンスだよね…』

イライラする気持ちは、それこそ自然発生的に出てくる

『それは、自分自身じゃないんだよ。そういうイライラした波動を受け取っているだけなんだよ。』

 

『もともと、快適な世界…

何もせずに快適な世界にいて、

快適さが当たり前で飽き飽きしてしまった神が…

思い通りにならない世界…

この世をみて…

思い通りにならない世界ってどんなだろう…

面白そうだ…

あこがれてこの世に降りてきたのだから…

快適さは目指すところじゃないんだよ…』

 

…であれば、イライラすることは、目的通り…

ラッキーとしか言いようがない…?

 

その体験を味わい尽くすことが、私の目的…

どのように味わい尽くすかが…課題…

 

そのイライラの波動をそのままに、子供たちに放出れば…

子供たちも反発する…

 

 

子供たちとの感情のぶつかり合いが、本来の目的でなく…

いかに自分自身に向かうか…

 

私の生まれてきた目的が…

出てくる感情を味わい尽くすことだとすれば…

その感情をどのように上手く味わい尽くすかということ…

 

これは、もう慣れしかない…

何度も練習あるのみか…

 

 

外側の子供たちを変えることが、本来の目的ではなく…

自分自身を変えることが本来の目的でもなく…

 

出てきた感情をただ流す…

味わい尽くす…

 

これは、まだまだ私の課題ですね…

 

 

今日はこの辺で

明日またお会いしましょう

人の価値は何で決まるのか…

肩書がつくと偉くなれるのか…

反対に、肩書が外れると人間の価値が下がるのか…


肩書がつくと、つかないでは、何か心境の変化が訪れるのか…


2年前(20141月)に2回目の再就職で

今の会社に就職した

今年の7月までは、製造部長だったが、

8月からは、現場の作業者となった。

毎日、フォークリフトで荷を運んだり

荷役用パレットに製品を積んで荷揃えしたり

などなどの作業を毎日行っている。

では、製造部長だったころと作業者になった今では

自分の中の何が変わっただろうか…

…何も変わっていない。

作業者になったことで失ったもの…

部長という地位

給料の一部

作業者になったことで得られたもの…

フォークリフト運転の楽しみ

肉体労働による腕力、筋力の増加

いくら食べても太らないスリムな身体

旺盛な食欲

毎日、定時になれば作業が終わりあと腐れがない

毎日家族との団らんと夕食…

 

失ったものと…得られたものは必ず半分ずつ?ある…

いま、三女が大学受験を控えて

勉強にいそしんでいる。

受験受験の受験生も、

試験が終われば、大学生か浪人生、

あるいは、社会人になる人、

フリーターになる人、

それ以外で何かやる人…様々だ。

大学生になったからといって何かが変わるか、

きっと、内面的のは、何も変わらない。


社会人になったっからって

何が変わるか…


…何も変わらなかった…


…としを取ったからって何が変わるか…

 

…結局、何も変わるものはない。


学校で勉強すれば、多少の知識がつくぐらいか…

でも、基本的には、人間は、何になろうと、

そう大きく変わることはない。


今やっているものが終われば、

次には、必ず何かやりたくなる。

退屈で、何か暇つぶしをやりたくなるのだと思う…

 

少しの間休むかもしれないが、

人はじっとしていられない、必ず、何かはじめるのだが…


ふと思ったのは…

雇われるしか選択肢がないのだろうか。

ということ…

 

本当に雇われるしか選択肢がないのだろうか。

自分で何かできないものか…

先日、CWの小嶋敦先生に話を聞いてみた…


小嶋先生も数年前に経営している歯科医院の保険診療を止め

理想の診療…を求めて…自由診療にされた。


患者と向き合い、理想とする診療???

診療とは言わないかもしれないが…

患者ともいわないかもしれないが…


まぁ。診療としておこう…

理想の診療をするために

今の医療システムからの脱却して、

自由診療にされ数年が経つ…

 

僕も先生を見習い今の社会システムから

外れて理想の独立を図れないかと考えている…


そこで、小嶋先生に意見を聞いてみたのだ…


小嶋先生曰く…


自分で事業を始めても、

現状の社会システムの中で生活している以上

家族のためにお金を稼ぐ必要がある。

すると、必然、利益を追求する。

利益追求では、自分が求めているもの…

自分の理想とするものから外れていく…


小嶋先生の場合は、

自分の理想とする診療を目指した結果、利益追求から外れ…

現在のところはまだ、

利益が得られていないという結果になっているようだ。


いきなり、脱サラして自分で事業を始めても…

利益が出なければ社会的信用が得られず、

経済的や社会信用的に苦しい状況になるという…


であれば、ある程度、会社勤めをしながら、

自分の目指すことを始めた方がよいのではないか…

と…

 

少し、ゆっくりと腰を据えて考えますか…

 

今日は、この辺で…

また明日お会いしましょう。

感情はコントロールできるか。


気分は、簡単なことで変えられる、

明るい音楽を聞けば、明るい気分になる。


暗い音楽を聞けば暗い気分になる。


運転中に、

デープパープルのハイウェイスターを流せば、
ノリノリになり、ついスピードが出る。

 
足は勝手にアクセルを踏見込み、

ハンドル操作も鋭敏になる。

 

悲しい時には、悲しい曲を流し

その中に浸っていたい気分になる。

 

昔、友人が車の免許を取得するのに

教習所に通っていたが、

何度も何度も仮免の試験で不合格になった。

 

次の試験の後、家の前まで来た時に

中島みゆきの曲が流れていたら、

そっとして置いてくれとのことだった。

試験当日、家の前まで行ったら

中島みゆきの悲しみに浸る曲が流れていた…

 

考えてみれば、

どちらが先か疑問…


楽しいことがあったから

楽しい気分になるのか…

 

悲しいことがあったから、

悲しい気分になるのか…

 

感情が起こってくる方が先なのか、

出来事から感情が起きてくるのか…

 

普通は、出来事があって、

その出来事に即応した感情が

起こってくると考えがちだが…

 

楽しい気分でいるから、

楽しいことが起こってくる

ということも言える。

 

まっ!結論から言えば…

 

どちらも、同時存在ということだ…

 

鶏が先か、玉子が先か。

鉄砲を撃った時の、煙が先か、音が先か。

 

どれも同時存在であり

同時発生だ。

 

悲しいときには悲しい出来事が

楽しいときには楽しい出来事が

どれも、自然発生的に

同時に発生する…

 

私たちのやることは、

上がってきた自分たちの感情を

上手く流がしていくこと…

 

楽しい出来事は…

楽しいことばかり続くことではなく…

 

悲しい出来事も

悲しみばかり続くわけではない…

 

いつしか、それらは過ぎ去っていく…

 

自然とバランスよく、

それらがうまく仕組まれていくのだ

 

残念ながら、私たちには、

それらを選択することはできないが…

 

私たちにできることは…

起こってきた刺激、

感情に素直に浸りきることだ

 

現実の問題で上手く流せない時には

 

映画を見たり、音楽を聴いたりして…

 

出てきた感情を

感情そのものと共感して流しつくす…

 

そうやって、

人はその時の気分を

上手く感情に乗せて流してきた。

 

人にぶつけず、

自分の中で昇華して行くことが、

私たちのやることなのだ。

 

そう考えると、

明るい気分ばかりが良いと言う事ではない…

 

明るい気分で過ごしたい時は、

明るい気分に浸り…

 

悲しい気分の時は、

悲しい気分に浸る…

 

怒りたい気分の時は、怒り…

楽しい気分の時は、楽しみ…

 

結局、その時出てきた感情と共感していけば良い。

 

喜怒哀楽、

良い悪いでは無く、

人間には誰しも沢山の種類の

喜怒哀楽が訪れそして去って行く。

 

訪れたその時に

上手く感情を流せるか

ということ…


人にぶつけず、

自分の中に出てきた感情を、

上手く昇華して行きたい。

  

それでは今日はこの辺で

明日またお会いしましょう。

優勝劣敗。

 

優秀がよくて、愚鈍が悪い。

という考え方がある。

 

それは一つの考え方であって、

絶対的なものではないことは
言うまでもない。

 

だた、これまでわたしの中に

その優勝劣敗の考え方を受け入れて来た。

 

 

身体の不自由な方を見ると、

かわいそうだ…

という、気持ちが出てくる。…

 

 

かわいそう?

発想が、貧困だ。

かわいそう…というのは、

なんという傲慢…

何様のつもりなのだ…

 

 

自然と湧いてきてしまう感情だが、

この考え方は、

自分のことを愚鈍と思ったときに

自分を裁き、苦しめる原因ともなっている…

 

 

一方で…

差別はよくないことだ。

人を差別することが間違いであるし、

悪いことだ。と言う考え方もある。

 

 

このように自分の中の

2つの相反する考え方が、

自分の中で闘い、自分の内側の相反する矛盾を

外側の世界に顕現し、現実化し、苦しめてきた…

 

 

ただ…

…自然に、

条件反射的に湧き上がってくる感情…

 

身体が不自由な方や、

愚鈍な人を見る度に、

ただ、湧き上がって来る感情に…

いつものように無意識でいるので無く、

そう考えてきたなぁ。

 

そう受け取ってきたなと感じて行くこと

にしたい。

 

受け取ったおかげで

今まで遊べたということだ。

 

まず、受け取らないことには

感じることさえできなかったのだ…

 

 

過去を否定するので無く。

過去も受け入れ、

自分の選択してきたものも

受け入れていこうと思う。

 

 

そして、いつしか、
そのときに湧き上がる感情も

いつか手放していきたい。

 

 

それでは今日はこの辺で

また明日お会いしましょう。