ドライフルーツのブログ -15ページ目

ドライフルーツのブログ

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私たちは…

何をしに生まれて来たのか…

 

現在54歳の私…
そしてそのの親の世代…
70歳、80代の標準的な考え方は…

 

60歳まで特に波風なく働いて…

60歳の定年後は、年金生活…
(当時は、60歳が定年だった…)

特に働きもせず…

遊んで暮らす…

という考え方が主流だったかもしれない…

 

だから、定年までは…

たとえつまらない仕事でも…我慢して働きなよ…

上司に逆らってはいけないよ…

長いものには巻かれなよ…

 

そのためには、いい大学に入って

大きい企業に入って…

できれば公務員なんか、安定していていいんじゃない…

 

という考え方だ…

 

その親たちは…

いま、どんな生活を送っているか…

 

知人の父は…70代後半で年金生活…

朝起きてきて…

『今日、俺なんかやることある…』特にないよ…

『じゃあ寝るわ…』

といって、睡眠薬を飲んでまた寝る生活だという…

 

私たちは、どんな人生を求めているのだろうか…

安定した生活…

刺激がない生活なのか…

であれば…

寝たきりの植物人間なんて言うのはどうだろうか…

 

本当は、もっと刺激のある人生をもとめているんじゃないのか…

 

この人の人生観を垣間見ると、目からウロコだ…

 

youtube伊東先生は読脳法で自分を治療するのですか?】より




このyoutubeの伊東聖鎬セイコウ先生のような刺激的な人生観はどうだろうか…

以前、伊東先生のセミナーに参加した時にも話をされていたが…

この先生から実際に話を伺うと本気度100%というものが…

どんなものか…ビンビン伝わってくる…

 

一般常識って何のこと?

全ての常識を覆して問題点を私たちに投げかける…

 

せっかく生まれてきた人生…

いろいろ刺激的な人生にしなければもったいないよね…

 

何のために生まれてきたの…

問題があってあったりまえじゃないの…

それとも、特別なことがなく…

植物人間のように暮らしますか…

 

せっかく一回きりの人生をどうやって過ごしますか…

という問題提起…

 

通常の生活の中で起こってくる問題は…

問題なんかじゃない…

それは、ただの刺激で…

その刺激にどうやって対処するかが人生なんじゃない…

 

というのを地で行っている…

 

わたしもそんな、刺激的な人生を改めて求め行きたい…

 

それでは今日はこの辺で

また明日お会いしましょう


今日は、今日起こった出来事は、長女とのせめぎあいの話…
読む方にとって、楽しい話とならない可能性が大きい…

この先を読み進めるまえに、
今日はやめておいた方がいいと思われた方は…
今日は、ここまでにしていただければ幸いです…







24歳になる長女…
平日の出勤時刻は5時50分頃家を出て、夜は20時から21時ごろ帰って来る。
長女にとっては、ストレスの多い職場…なのだろう…
家内が作った夕飯を、職場での愚痴を肴に食べながら、食べ終われば、テレビを見て寝るという生活パターン…
家では、大抵、食べたら食べっぱなし、飲んだら飲みっぱなし、じゃあ寝るわ…と寝てしまう。

毎日同じパターンを繰り返していても…
わたしが長女に対して日ごろ、何か言うことは余りない…

今日は、その長女の姿を見て、イライラし…
そのイライラに感情をのせて、長女に向かい…
『自分で食べた食器ぐらいは片づけななよ。』…

長女は、はじめ聞こえないふりをしていて…
わたしが何度か指摘すると…
『自分でやればいいじゃん』と、切れた口調で答えられ…
それを聞いて、さらに、イライラに拍車がかかる…

わたしの吐き出したイライラの感情…
その自分の出した毒気が相手から跳ね返ってきて…
さらに怒りに拍車がかかる…

わたしは、長女の日ごろ姿を見ても、なぜ何も言わないのか…
日ごろから、長女の姿を見てはストレスを感じているのに…
ストレスが頂点に達した時でないと相手に告げることをしてこなかった…

日ごろから言うことを避けているのは…
反発を買うことを恐れいて…
自分が傷つくのを恐れている…
これを…事なかれ主義というのだろう…


今日の反省をもとに…
日ごろから、長女に、させたいこと言うことに…
そして、させたいことを、自らも実践し手本を示す…
忘れてならないのは…楽しそうに実践するということ…

さて、明日から、実験の開始だ…



そして、さらに、もう一つ思い当たったことは、子供は親の鏡だということ…

省みれば、自分が30代40代のころ…

会社での愚痴を家に持ち帰っては、ビールを飲みながら家内に毎晩のように話し。
そして、家内は、私の帰りが大抵21時以降になっても、夕食はわたしと一緒に摂るために待っていて、私の話を聞いてくれた。
…働いて稼いでくるのは、私なのだから、家内が洗い物をするのは当たり前というくらいの理不尽な考えのもと、当然、洗い物は、家内に任せ…ていた。
今思い出しても…自分で洗い物をした記憶がない…
愚痴を言った後は、寝てしまうということを繰り返してきた…


それを見て育った長女が、それを受け取っても…
あるいは受け取らない場合はいつまでたっても気づかないままだったのだろう…


結局は、自作自演…の仕業であった…


さて、やっと、自分で蒔いた種を自分で刈り取る時期が来た…
今回の実験で蒔いた種を上手く刈り取ることができるだろうか…

今日は、この辺で
明日またお会いしましょう。

ps

誰かの声…

なにもやらないことを、悪いことと思っていませんか…
それは間違いではないですか…

だれが、何もやらない人を責めるのでしょうか…
働かざるもの食食うべからず…
ということわざは本当ですか…
それは、本当に間違いではないですか…

人のお役に立つことがいいことですか…
それをすることで、その人のお役に立つって…誰が決めたんですか…
人のお役に立つことって…
本当は何だと思いますか…
人のお役に立つことって本当にあるんですか…
そんなことを考えたことがありますか…
実はお役に立っているように見えて…
余計なおせっかいになっていたり…
そんなことを思いもよらず…
その人の可能性を奪ってしまったことはないですか…


子供には、自分一人で生きていけるようにしてやりたいのです…
伊東先生のように…
自分の子供とは完全に独立の関係をもつのも一つの手段として…
そのようにできたら…
もっとお互いにアクティブで楽しい人生になるかもしれません…

きっと、この世の中…
どれが正しくて、どれが間違いなんていうことはないのだけれど…

結局、いま、自分としては、どうしたいか…
どれが好きか…
ということになるのでしょう…

その時思ったこと、計画したことをしばらくやり続けて行こうと思います…

それでは、おやすみなさい…
(自分は)結婚できるかわからない
今日、長女が、職場の同僚の結婚式に出席して返ってきた後に
家内に吐露したそうだ…

家内は、自分はそんなこと思ったかな~
ただ、結婚したい…と、思っていたんじゃないかな…
…でも、やはりそういう不安はあったかもしれないなぁ~

私たちは、家内が24才、わたしが27才の時に付き合い始め
それぞれが25才、28才の誕生日が過ぎてから結婚した。

今、思い起こしても…
結婚できるかなぁ~という不安はあったかもしてれないが…
結婚したい。という気持ちが勝っていたのではないかと思う…

長女も24才になって、家内が結婚を目前に控えた年齢になって
そろそろ、意識し始めたのかもしれない…
あるいは、その前から不安を抱えていたのだろうか…

結局、わたしも家内も結婚という経験がしてみたかったのだ…
そして、子育てという経験(真似事)がしたかった…
会社で働いて、金を稼いで…
子供を産み育てて…

それぞれが経験したかった…ことだった…

そして、それぞれの経験をして、終わっていく…
ただそれだけの事なのだ…
過ぎてしまえば、あぁ、楽しかった…
という感じで…

遊園地で遊んでいるのと何ら変わりがない

…ジェットコースターに乗りたい
…お化け屋敷に行きたい…
…あれもやってみたい…
…これもやってみたい…

さんざん乗って…
さんざんお化けと会ったら…
もう、卒業…
それ以上は、もういいかな…おなかが膨れた

でも、やる前は…
どうしても、乗りたい…
どうしても、入りたい…
と思っている…

この世での経験…って何だろうか…

ただ、やりたい、ただ、経験したいという情熱が起こって
そして、それを経験して終わっていく…


3女は今年、大学受験だ…
家内がツイッターやフェイスブックをpcでチャックしていて

3女の中学時代の同級生で、女子大に合格した子が2人
大学に決まった子が1人…
みんな小学校の頃を知っている子で…
子供のころの姿まま、わたしの記憶に残っている…

その子たちが、大学…
…そして、長女は、もう、家内が結婚した年ごろになった。


…省みると、自分が結婚した当時から、自分は何が変わったか…

そのころから、何か成長したのか…
…いや、なにも、変わっていない…

精神的にも…
肉体的にも…変わったように思えない…

結局、人間の中身は…何も変わっていない…
長女や 幼稚園だったころの印象の強い3女と
年齢を重ねた私たちとは…何ら変わらない…

というのが、今の感想だ…


一方、自分の父や母のことを考えてみると…
父は、厳格だったので…
今でも、私にとっては、一見、怖い存在に感じられることも多いが…

若いころから何ら変わっていない自分のこと…を顧みると

ずいぶん、親父も厳格ない父を演じるのに…頑張っていたんだなぁ…
…随分、力がかかったろうに…
ご苦労様でした…

という気持ちがわいてきた…

いろんな人がいて、いろんな経験ができて…

そう考えると、まさに、この世は、夢の国…
遊園地だねぇ~


今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
結局どうなりたいの?

希望のビジョンは何?

以前、韓国出身の女性の先生で、
気功のようなもので、
体の不調を治してくださる先生に診てもらっている時、
眠らなくて済む体になりたいと言ったら、
『ではそういう体になって何がしたいの?』
と聞かれて、答えられなかった。

結局、なにがしたいのかが見えない。
最終目標が定まっていない。

お金持ちになりたい。
ではその先は何がしたいのか

車が欲しい。
ではその先は?

家が欲しい。
では、その先は?

その先…その先…と考えていない。

伊東先生は、最後のビジョンを描いてそのためにはどうしていく、そのためには、どうしていくと遡って進めいく。と言っていた。
最終ビジョンから遡って行って、現在の状況まで、組み立てるのだと…

一方、いわゆる引き寄せなどのテクニックとして紹介されている方法の一つとして、最終ビジョンを描いて、そのビジョンの可能性が自分の中で50%を超えたところで、現象が変わり始める。と言う…

いくら最終のビジョンを思い描いて、そう思おうとしても、目標があまりにも現状とかけ離れていると…
そんなの無理…と出てきてしまって、それが出てきているうちは無理なのだと…

現状とかけ離れていてイメージできないのであれば、連続100日の修行を利用するのも、一つの方法かもしれない。

私の場合は、ブログ連続100日、掃除連続100日に挑戦中だが…

例えば、毎日達成する度に、やった達成した。とイメージし、最終の姿を達成したところをおもいうかべる。

100日連続修行の毎日の達成と、最終の達成の姿をつなぎ合わせておくと、はじめは、無理だと思っていたことも…

毎日達成するたびに、今日も達成!最終のビジョンも達成した…と、続けて行くうちに…

次第に、もしかしたら達成できるかもしれない。

次には、ほとんど達成できる可能性が見えてきた。

そして、最後には達成。

という展開になるかもしれない…ならないかもしれない…

自分の法則として落とし込めるか…試してみよう…


…わたしの場合は、まず、何を達成したいかの目標が必要だ。

私は…『自分らしく生きる』を最終ビジョンに据えたいと思う。

それでは今日はこの辺で
明日またお会いしましょう。
劣等感を持っていると、簡単に傷ついてしまう。

劣等感を持っていなければ、傷つくことはない。


劣等感を持っていることは、あまりよく言われない。

どちらかというと、劣等感が悪いものだという向きが大勢だ。

改めて、では劣等感は悪いものかとよくよく考えた時…

劣等感も悪いものではないな…
と思える理由付けは見つかった。

劣等感を持っているから、人の痛みがわかる…
また、潤いのある人生になる…

しかし、劣等感や傷つくことが、
悪いこと、恥ずかしいことと教わってきた…
それを、受け入れてきたために…

その、悪いこと、恥ずかしいことを
隠すようになった…

私は傷ついてなんかいない…
私は痛んでなんかいない…

そういう、強がりが、痛みを…
そして、傷を…
心の奥底…奥底に、沈めて来た…


傷ついたときに感じきってしまえば、終わっていくというのに…

わたしより6才年下の
職場の48才の男性と話したときに…


小学6年の時のエピソードを話してくれた。

担任の男性教師が、希望者を募って毎週末に
家に遊びに来ていい生徒を手を上げさせた中から
選出したが、一度たりとも選ばれたことがなかった…


勉強ができなかったから…
出来たやつは、呼ばれたけど…
しまいに、ばかばかしくなって手を挙げなくなった…

「それは、つらかったね…」

いや、別に…
「だって、行きたかったでしょ…」
いや、別に…


それから…
テストで点数が悪いと、厚めに巻いたわら半紙で
先生から、お尻をしたたかに叩かれた…
青あざになった…
今は体罰だからダメだけど…
昔は、しょうがないよね…

この間、同窓会があったから、先生に言っら…
悪い悪いっていっていたから、もういいけどさ…


それを聞いたときに、奥底の痛みを感じた…
心の底に、いまだに消えない痛みを…
痛みが身に染みた…

胸が熱くなった…

自分の中の痛みと共鳴した…
かつて、自分も親から受けてきた痛みを…

追体験した…
痛くて、涙が出た…
痛いといって、感情を吐き出す…
感情は、涙とともに昇華していく…

そうやって、一つずつ、終わっていく…

痛みを、一つずつ終わらせていく…

多くの違った種類の痛みが…
こうして、一つ一つ浄化されて昇華していく…


しかし、哀れみはとは何だ?
哀れみは、自分の中の浄化のためか…
利己的ではないのか…

痛みがある…

痛みとは何だ?
劣等感か?
痛みに共感するのは、自分の中にある痛みを浄化するためか?
自己救済のためにやるのか?
利己的ではないか?

しかし、相手の浄化に貢献できるのであれば、
それほど利己的ではないのか…

本当にそうか?
頼まれてやるのなら、利己的ではないのか?
あくまでも相手の自立を促せれば良いのか?
それが本当に相手の自立に役立つという確証はあるのか。

確証なければやってはいけないか。
結局、何をやっても相手のため、
相手の自立に役立ったとは言えないし
また、立たなかったとも言えない。

それを今この場で考えてみても、答えは、でない。

であれば好きなことをすれば良いか…

結局、私は、自分の好きなようにしかできないなぁ…

今日はこの辺で
また明日お会いしましょう。

ps

家内がそのエピソードを聞いて…

傷つかない人もいるんだよ…
そうやって、おセンチになったんだね…

傷つくのは、自分の中に(原因が)あるんだと思うよ…
劣等感じゃない…
劣等感がない人は、傷つかないよ…

でも、まあいいんじゃない…
と、冷静だった…

もうちょい、家内と話してみようか…

これはいけないこと、こんなことはやってはいけない。
と自分で思っていることをやっている時、
それがはたから見て、良いことだろうと悪いことだろうと、
どちらでも良いのだが…
全く、そんなことには関係なく。
自分のことを責めるように、自我は出来ている。
結局自分の考え、自分が発した言葉にに苦しむということだ。

 10月17日に、新車が我が家に来た、
ウチで運転するのは私と長女だけ、日頃から長女は車の運転が好きで、
嬉々として運転しているが、そこそこスピードも出す…
新車なので、ぶつけやしないかと多少心配だ。

何回か娘の運転で出かけた時に、
『新車のうちは、回転数をあまり上げないようにしてよ。
慣らし運転ていうのがあるから、大事に乗ってくれる。』と言った。
その後は、むすめは、回転数が上がらないように、
本人なりに丁寧に乗っていたのだろう。

今朝、私の運転で、30分ぐらいの所に長女と出かけたが、
私の運転を見て、全然大事に乗ってないじゃん、
…と言われ…すぐに返事ができなかった。

責められたと思ったのだ。
というより、自分が…、自分の以前言った言葉で、自分を縛ったのだ…
その場は、何とか、
『走り始めは、スピードをある程度出した方が燃費が良くなる。』
と、言い訳にならないような言い訳をして、やり過ごしたが…

自分で多少なりとも責めていなけえれば、苦しくはならなかったはずだ。

…言われた時に、胸のあたりが苦しかった。
…常に自分が間違っているのではなかという劣等意識からの苦しさ…

結局、自分の発した言葉で縛られた…

マナさんが、本で書いていた『呪(しゅ)』という言葉を思い出した。

以下、マナさんの著書『空(舞い降りた神秘の暗号)p88 呪(しゅ)より』
(中略)…陰陽師が使う専門用語が大好きで、しっくりくるのです。その一つに『呪(しゅ)』という言葉があります。「のろい」とは読みません。狂言師の野村萬斎さん主演の『陰陽師』という映画の冒頭シーンで、野村萬斎さん演じる阿倍清明が親友に語ります。「呪(しゅ)なのだよ」と。「え?呪(しゅ)ってなんだ?」と親友が聞きます。「呪とは名前のことだ。つまり縛りのことだ。阿倍清明という名前は呪だ。お前の名前も呪だ。それによって縛りを受けるのだよ」

その説明は、観ていた私の体にズシッと響きました。呪とは、いいかえればレッテル、固有名詞、観念、分析、決めつけ、判断、固めるもの、などのことでしょう。本来中立であるはずの状態や、物、人に対してある種の決めつけをすることです。制限を与え。限界を与えること。それが「呪(しゅ)をかける」ということなのです。その意味で、すべての言語や言葉は呪です。それが転じて「呪詛・のろいをかける」というようになったのだと思われます。あなたを最も不自由にするのも、最も自由にするのも、言葉という呪なのです。

わたしを自由にする言葉の呪だ。

どんな感情が出て来ても、私は、いつも自由だ…

それでは、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう。
いったい何を見せられているのか。
生活していて、気に入らない所、気になる所、
それらは何を指し示しているのか。

自分が常識と思っていることで、非常識な行動を取られると。

イライラする、ムカつく、腹が立つ、頭にくる…

ただ、そう映っているだけだというのに…

洗面台の上に落ちた髪の毛、
所かまわず、畳まずに脱ぎ捨てられた衣類
散らばっている玄関のはきもの。
勉強道具で、やたらで一杯になっているテーブルの上。


しかし…最近、洗面台のに落ちている髪の毛が少ない。綺麗になっている。

なぜか…そういえば、ここ最近、自分が使った後は、必ずティッシュペーパーで、ふき取るようにし始めた。ティッシュを2、3枚使用して、ふき取る。

いままで、わたしは髪の毛が短く、使用した後にので、それほどふき取らなくても済んでいた。
一方、今までは、3人の娘のうち、たとえ一人が洗面所を使用しても、長い髪の毛が数本落ちているのを見るにつけ、その度にイライラしていた。

が…自分が使った後も、汚れていないように見えて、改めてふき取ってみると、意外と汚れていることが分かった。

よく家内が、津留晃一さんの冊子を音読してわたしに聞かせてくれるのだが、その中に、
『相手に言いたくなることは、まず自分がやりなさい。私は、そうしてきました…』

考えてみれば、相手に求めるだけで、自分が十分でなかった…


また、一方、心理的にみても…

汚れている洗面台を使う時には、少々汚れていても…
まっ!いっかーと、そのまま、やり過ごす…
そして、あまりそこにずっと居たくない。
汚いものから早く遠ざかりたいと思う。ますます、掃除をしなくなる。
という悪循環…

一方、綺麗になっている洗面台は汚したくない。
きれいに使いたいという心理が働くのだろう…


これからは、
イライラする、ムカつく、腹が立つ、頭にくる…が発動したら
『相手に言いたくなることは、まず自分がやりなさい。』…
自分の周りをチェック、自分がやれることを探し出し、
実験効果を確認して行くことにしよう。


それでは、今日はこの辺で
明日またお会いしましょう。

ps
最近、掃除の効果が出てきているんじゃないか、と思う。
100日連続掃除も10/30から始めて、50日は過ぎた。
最近は、掃除することが当たり前になてきた、そして、楽しくなってきた。

まず、愛車の掃除はもとより。他の人には、もったいなくて、この楽しい作業を渡したくない。

職場の掃除もだんだんコツがつかめてきた。
最近掃除に慣れてきたためか、どういうタイミングで掃除を作業の中に織り込むか頭の中にプランが出来上がり、効率的に掃除ができるようになった。

掃除した後は、その後作業能率も上がり、掃除の効果ですがすがしく作業ができている。

これができるようになったのは、今日の作業からだ…

というわけで、なるほど、100日連続掃除。継続は力になるなぁ。
と実感…


そういえば、あるコンサル会社の求人にこんな文章があった…なるほど…そうかという感じ…

例えば、ある自動車部品メーカーでの実例。地方で30年続くその企業は、従業員数50名ほどの規模。現場には20代の若手が多く生産性は決して高くありませんでした。そこでコンサルタントが着手したのが、清掃活動の徹底です。短時間で若手のスキルを高めることはできませんが、基本の徹底ならばすぐにでもできるはずでした。
若い従業員への意識付けを根気強くコンサルタントが続けた結果、現場に変化が生まれました。1人の従業員が清掃活動をはじめると、瞬く間に他の社員にも伝播していったのです。もともと高いポテンシャルを持つ若手人材ですから、労働環境が整ったことで急激に業務効率が改善され、あっという間に生産性が2倍になったのでした。

先おとといから、伊東聖鎬セイコウ先生と小嶋先生

のCW話題を書いてきた。


今日も、CWに関係する話題を書きたい。


毎月、小嶋先生に診療というか相談?お話し…?

に通っているが…


前回、伺ったときに出た話題で印象に残ったものを書きたいと思う。



【youtube小嶋歯科医院インタビュー "私が保険診療を辞めた理由"】


小嶋先生は、歯科医院を開業されているものの、

制約の多い現代の医療システムがバックの保険診療を止めて、

自由診療に切り替えられた。





前回の受診時に、小嶋先生は、

『相手の脳の情報を読むというのは、
 純粋に相手の脳がこうしてほしいということを読み
 その脳の情報に基づいて対応することであって
 こちらの医療的な対処方を押し付けることではない』
『そこが、なかなか難しい…』
『どうしても、こちらの考えを押し付けてしまいがちになる…』
脳の情報を、ただ、読むということが難しい…』と…

…しかし、脳の情報を読んだ時点で思考が走り出し、
判断して、こうした方がいい、
ああした方がいい、と常識を当てはめようとする。


…伊東聖鎬先生は、病気は本当に悪いものですか。
と問いかける。

病気をわざわざ作り出して、
そこに逃げ込む場合だってある。
表面的な意識では、治りたいと欲するが、
潜在的な意識では、治りたくない。という場合もある。

また、わざわざ、体に不調があることを頭痛などの反応によって
訴えているのに、それを取ってしまうことによって、
もっと深刻な事態になる場合もある。


ただ、見ているだけ、
ただ、聴くだけ

ということに徹するのは、なかなかの精神修養にもなる


相手の気持ち理解するために
その気持ち、わかるわ~。と、ついコメントしたくなる。
自分が経験した事であればナオサラ、
すぐに共感の感情がわいてくる。

これでは、ただ、聞くにはならない。


自分自信に質問する場合も同じことが言えるだろう。

どうしても、…こうしたいというのが入りこんでしまう。
ただ、思考を見るということができない状況になる。


心理学では、ただ相手の話しだけをきくというのがあるようだ。
ただ、聞くだけ、否定もアドバイスもしない…

ただ、自分の感情の動きをみる。

何が起ころうと、ただ、見る。
ただ、聴く。

これは、ある意味、神の視点だ。
神は、ただ、黙って聴いている。見ている。…


私の場合は、当面…
起こってきた感情を…
ただ、見つめるということをやっていきたいと思う。


それでは今日はこの辺で
また明日お会いしましょう。

ps
自分の感情を、ただ、見つめるのは、痛みがある場合はなかなか難しい。

痛みがある場合の対処法は、今後の課題だ。
解決法が見つかれば、また、書きたいと思う。


【伊東聖鎬先生のセミナーの様子youtube】


読脳法とは、自分あるいは、相手の脳の情報を読むこと

数年前から小嶋先生を通じて
伊東聖鎬セイコウ先生が開発した方法を学習している。
数年前には、実際に伊東聖鎬先生のセミナーに参加して
直接教えていただいた。

今日は、そのさわりを紹介する。

脳は、すべてを知っていて、例えば、頭が痛いということがあれば、
それは、どこに原因があるということを知っているということである

相手または自分の脳が知っていても、
我々の顕在意識が知っているというのとは、別である。

だから、脳に向かって質問をする。

それを筋肉反射テストを使って知るという方法である。

筋肉反射テストは、自分の筋肉を使って、
イエスは、筋肉が弛緩する(力が無くなる)反応。
ノーは、筋肉が弛緩しない(力に対して耐性を保持する)反応。
と設定して、腕の筋肉等を使って、確認する方法だ。

伊東聖鎬セイコウ先生や小嶋敦先生が
自分の手の甲に反対側の手の指を置いているのは、
いろいろな質問をして、腕の筋肉を使った筋肉反射テストで
質問に対して瞬時に答えを出していくという方法をとっている。

しかし、伊東先生級になると、その質問量が相当なものでだそうで
豪雨の時の雨粒の量ぐらいの質問を同時期にしていると伺ったことがある。


私も自分自身の体の症状を聞くのに、自分自身に質問をして
筋肉反射テストにより答えを確定していくが
今現在は、質問量は一秒間に2~3個程度で、
質問量もトータルでせいぜい数十程度なのだが…

今日は、その質問例と実際の施術の状況について記述する。

例えば、頭痛の原因を聞いていく場合は…

1.原因の仮確定
①頭痛の原因が心臓血管系(の脈管機能障害によるものか)?イエスノー
②脳血管系か?イエスノー
③それ以外の内臓系か?イエスノー
④それ以外の場合、消化器系か?イエスノー
⑤…循環器系…泌尿器系…

答えが出たら、次は、テスト要件を聞く
例えば、心臓血管系に原因があるイエスと出た場合
胸のどこの位置にその原因があるかを筋肉反射テストの質問で仮確定し
例えば、右胸の位置にその原因があると確定しておく

2.テスト部位の確定
 次に、その心臓血管系の脈管障害が、
体のどこの部位に目に見える情報として
あらわれているかを確認しておく。

こうすることで心臓血管系の脈管機能障害という
一見、目に見えない症状が、体の別部位に
どのように表れていてるかを確認しておく。

これは後から、施術によって心臓血管系の脈管機能障害が改善した場合、
体の別部位に表れている症状が変化することによって、
心臓血管系の脈管機能障害が改善したかどうかを診るテスト要件として、
把握しておくためだ。

…よって、右胸の心臓血管系の脈管障害が、
体の別の部位のどこに影響しているかということを聞いていく。
⑥腕の付け根が抜けている(亜脱臼している)かイエスノー
⑦首の筋肉が小さくなっていないかイエスノー
⑧奥歯でモノがかみにくくないかイエスノー
⑨顔の筋肉のどちらかが弛緩していないかイエスノー
⑩…

答えが出たら、実際にテストしてみる
例えば、腕が抜けている場合…

右の腕が抜けているのか
左の腕が抜けているのか筋肉反射で確認してから、

はじめに実際に抜けていないと出た方の腕(例えば左腕)を
軽く真下に引っ張って、亜脱臼になっていないことを確認する。

次に、抜けていると出た腕(例えば右腕)を同じように
軽く引っ張って、抜けて(亜脱臼して)いることを確認する。

3.原因とテスト要件が関連しているかの確認
右胸の心臓血管系の脈管機能障害が、右腕の抜け(亜脱臼)と
関連しているかを実際にテストしてみる。
まず、右腕が抜けていることを再度確認してから、
次に、右胸に手をあてたときに、
右腕が抜けなくなったかどうか確認する。
次に、右胸にあてた手を外した時に、
右腕が再び抜けるようになったことを確認し、
右胸の心臓血管系脈管機能障害が、
右腕の抜けと関係していることを確認する

4.施術ポイントと刺激方向の確認
次に、施術するポイントを筋肉反射テストで確認していく。
⑪重力バランス軸(距骨きょこつ)の調整により改善するかイエスノー
⑫支持骨(しじこつ)(主に立位)の調整により改善するかイエスノー
 立位の支持骨だった場合は、
足の支持骨のどこにあるのか全て質問して仮確定する
足の支持骨は、中足骨(ちゅうそっこつ)1番から5番
楔状骨(けつじょうこつ)1番から3番
立方骨(りっぽうこつ)
舟状骨(しゅうじょうこつ)
⑬脳神経エネルギー(頸椎けいつい)の調整により改善するかイエスノー
 頸椎だった場合、頸椎の1番から7番…
 例えば、1番だった場合、右か左かイエスノー

例えば、距骨だった場合、距骨にどの方向の刺激を与えれば、
右胸の心臓血管系の脈管機能障害が改善するか
⑭10度のピッチで、確認する。
例えば、前から右回りで確認していく…

方向が例えば、前方を時計の分針0分だとした場合、
15分が真右を示すことになる。
よって、5分の方向は、前方に対して
右に30度の方向ということになる…
呼び方としては、前30°右という
(前に対して、右方向に30度倒すということ)


5.施術ポイントがテスト要件に影響するかの確認
 4項の結果が距骨(きょこつ)前30°右と出た場合、
 その方向に距骨を押すように指を添えた時、
 3項の右腕の抜け(亜脱臼)が解消することを確認する。
 確認した結果、亜脱臼がなくなれば、
 距骨の前30°右が、施術ポイントと方向であることを確定する。

6.施術と確認テスト
 5項で確定した施術ポイントに刺激を与える。
 右足と左足の距骨に、それぞれ、前30°右、方向に刺激を与える。
 実際には、そのポイントに刺激を与えるというよりも、
 そのポイントを通して脳に、刺激を与えたという信号を送る
 というイメージで行う。
 その結果、3項の腕の抜けがなくなり一番初めの頭痛がなくなれば
 右胸の心臓血管系の脈管機能障害が解消したと判断する。


以上、

体に現れる頭痛などの症状(反応)と原因。
そして、原因の解消法について記述した。

今日は、この辺で
また明日お会いしましょう。


自分には、自分のルールがある。


昨年の10月の健康診断から一年で11キロ体重が減った。

最近、激ヤセ?したことを心配して

『少し太ってよ。64キロぐらいがいいんじゃない…』

更に、減り続けて60キロを切ったことを知って

家内が言った…(身長は198センチくらい…)


『あなたの場合も、

 きっと、食べれば食べるほど痩せちゃう

 というルールが、入っちゃったんじゃない。』

 …自分の中で腑に落ちた。というやつか…


小林正観さんは生前、

『私はいくら食べても太らない。』

 と言っていて、ずっと体重が変化しなかった…

 それになぞらえての話だ…


昨年亡くなった家内のお父さんも、

自分独自のルールを持っていたようだ。


『俺は、食べても食べなくても変わらない(太らない)』

といっていて、体重に大きな変化がなかった


また、身体の調子が悪くなると

よく『風呂場に、しお まけ!』と言って、

自分で塩をまいていた…

まくと調子が良くなったようだ…。


また、自分では、そういうような事をやっていても…

それを、特に人にはすすめようとは、しなかったんだよね…

と、家内…


ある意味、分かってたのかもしれない…

(これは、自分のルールだと…)


寡黙だが、味わいのあるいいお父さんだった…

時々発っする、一言は、重かった。


今でも覚えているのは…


お歳暮やお中元や、

それ以外のお礼などモノの受け渡しなど…

『やったりやられたりするのは、面倒くさいし、

 結局、もらったら返すんだから同じ(で無駄)ですよね…』

と言ったのに対して、

『付き合いっていうのは、そういうものなんだ…』

…と返されて、妙に納得してした…のが印象深い…

(この世は、エネルギーの受け渡しで成り立っているってこと…)


あまり、人と交流することがなかったので

晩年は、一人で寂しかったんじゃないか…

と、義母はよく話をするのだが…

本人がどう思ってたかは、本人にしか感じられないことだ…


どう思っていたかは、今は確認するすべがない。


いつまで考えていてもわからないので、

考えるだけ無駄ということか…


それより、自分は、どうしたい。

どれが自分のルールか…

と、確認することだよねぇ…

おとうさん…

…では自分のルールを作るには、どうしたらいいか…


最近は…ある程度、自分のルールを知るには

一定期間、続けて行くことが必要だと感じている…

…というのも、つい先日の1030日から

続けようと決めて…

連続100日ブログと

連続100日掃除(平日は職場、休日は車や家の掃除)

をはじめたのだが…


そのおかげで最近は掃除することが、

楽しくなり日課になった…


今朝も…車に埃が積もっているのを見て、ラッキー。

掃除してキレイに出来たときのことを考えるとワクワクする…

嬉しい。と感じられるようになった…


それが、毎日掃除を続けている私のルール、

と感じていることに気づいた…


以前は、汚れた車を見ては

こんなに汚れて…、洗車は面倒だし…

洗車を人任せにするのもお金がかかるし…

と思って憂鬱になっていた…


…いまでは、思考の方向や感じ方が180°違ってきている。


GSに洗車を任せる人。

洗車を任せるのを見て、そんなご身分になりたい。と思う人。

色々あって、それはそれで、いい。


ただ、今の私のルールはこうということ…


まず、それが自分のルールかどうかということが

言えるようになるには、好きか嫌いか、

まず思いついたことをやってみて

続けてみる、というのが効果的かもしれない。


ただ、それを決めるのは、

その時に自分が、どうしたいか。ということを感じ

決めるということ、そこだけに尽きる。


あの人がああしているから、自分もしなきゃ…


ではなくて、まず自分がどうしたいか

ということで決めていく…

やりたくないことは続かないし、続ける必要もない…



昨日のブログで紹介した

伊東聖鎬セイコウ先生の進めている

自分研究のも同じこと…


実際にやってみて、自分で体験してみて…


自分のことは、自分でできるようにしたら…

自分でできることを増やしていったら…

そして、人任せの人生にするのではなくて、

自分で納得できる人生を送るには…

という指導を行っている…


CW(伊東聖鎬先生が主催しているコズミックウイズダム)

は、

自分研究とかあなた研究することを進めているが…


それは、自分自身のルールを知ることをすすめているのだな…

と、気が付いた…


自分のルール発見をして行きましょうということ。

人それぞれルールも違うし、千差万別、一品一様で違ってくる。

この症状には、一律にコレということが無いのと同じように。



自分のルールに沿って出来ているんじゃないの…



ただ、それも強制はできない。

強制しても続かない…


先ずは、自分の中で、今、求めているかどうかと言うこと、


求めていないのであれば、

まだ、それで遊ぶ時期でも無いということ…

それも、いい悪いでは無い…


その場合は、理解できないままでいい…

その時は、それをしない体験をしたいだけだ…



昨日のブログで、わたしの母について、書いた。


ガンが消えたんだから、

ガンの手術をする必要がないんじゃないか。

と言ったのは、私と家内…


でも、手術すると決めたのは、母と父…


じゃあ、そんなに言うのなら、

お前が治してやればよかったじゃないか…と…

わたしも、いろいろと施術につて説明しようと試みた…


しかし、母も父もそれを受け入れなられなかった。


それが、良いことでも、悪いことでもなく…


医療システム…や社会システム…

という洗脳にあっているというのも一つであると思うが…

では、洗脳が悪いと言っているかと言うと…


よくよく考えると、それも悪くはないし、

良いことでもない…

趣味の問題だ…


だって、よく考えてみると…

納得した人生を送りたいという

伊東聖鎬先生や小嶋敦先生のすすめていること

自体が洗脳かもしれないし…


どちらが、どちらともいえないこともいえない…



まあ、どっちが好きかという、趣味の問題だ…


いろいろな考え方があり…

それを受け入れるのも

受け入れないのもその人次第。



絶対これがいいという事は、ない。

今やっていること

今経験していること

…それが、その人がまさに体験したいこと…



…ただ、伊東聖鎬先生からの問いかけとして…

自分の人生を他人に渡しますか。

自分で色々やってみますか。

があるだけだ…



わたしは、色々、自分でやっていきたい。

そして、納得した人生を創っていくというのが

わたしの今の趣味…



一人でこの社会システムの中で

自分の納得できる人生を送るということを

自分だけでやっていくには、

よほどの強い意志が必要かもしれない…


金融システムが…、

医療システムが…、

教育システムが…

最終的にはすべての社会システムが…、

そういうように出来ていないから…



伊東聖鎬先生や小嶋敦先生のCW的にすすめる方法は

まだまだ、マイナーだろう…


そして、今の社会システム上では、

そういう人たちは、受け入れられず

生きにくいかもしれない…


だから、そっちの方向でやりたい…

という人は同じように考える仲間を募って

助け合って、勉強していくというやり方もあると思う。


そんなコミュニティ作りをしようとして活動しているのが、

伊東聖鎬先生であり、小嶋敦先生もそうだ…

そろそろわたしも、コミュニティ作りに参して行きたい。


自分のルールを自分で知るために…



それでは今日はこの辺で

また明日お会いしましょう。


ps

ここ掘れワンワンの花咲か爺さんの話…

『ここ掘れワンワン。』を

花咲か爺さんが掘ったら、宝の山

いじわる爺さんが掘ったら、ごみの山…


はたして、自分のルールの話だったとは…
目からウロコでしたチャンチャン…