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ドライフルーツのブログ

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トンネルを抜けて隣町…といっても、家から車で5分の所に、一年のうち11月から3月に、土日だけ開く灯油屋さんがある。
我が家は、冬になると、いまだに、灯油ファンヒーターを愛用しており毎年冬になると、その灯油屋さんに数年前から通っている…

その灯油屋さんの周辺は、住宅地で…一見すると、こんなところに灯油を売っているスタンドがあるのは珍しい。

また、特にしつらえた看板はないが…
黄色い1m角位のプラスチックボードに…
黒のペンキか何か…手書きで『灯油』という文字と…
もう一枚の黄色のボードには『土日・営業 10:00~5:00』…
とだけ書いてある…
急場造りで…お店という感じでもないところだなのだが、
ちょっと素人っぽくてそんなところも気に入っている…

はじめは、ちょっと怪しげだなとも思っていたが…
慣れてしまうと、それも、味があっていいなぁという感じがする


屋外の灯油スタンドは、いかにも古い感じだが、市中のガソリンスタンド等に比べると大分安価なため、ご近所の方々には人気があり、寒い時期になると…道路っ端に数台の車が止まって、いることもある。

お客が来ると、ガラス張りの事務所のようなところから、50才後半と思しき店主が出てきて、客が持ってきた赤い灯油缶に、スタンドのノズルから、一缶一缶…灯油を注いでは、代金とおつりを受け渡し渡ししている…

おつりは、スタンドの上に並べ広げた…
100円やら50円やら…10円、5円、1円といった小銭と…
お札の場合は、自分のポケットにねじ込んであったお札を取り出して…
丁寧に1枚1枚、数えながらお客に手渡している…

価格表は、スタンドの横にこれまた手作りで…
カレンダーの白い裏紙か何かに…
18L ○○円・36L○○円・…と18L缶を単位として、
5から10缶程度の値段が黒の太マジックインキで書いてある

その店主…少し背が高く…がっちりしていて、ちょっと、清原を優しくした感じの顔だちで…
松本零士がかぶっているような毛糸の帽子をかぶっていて…
なかなか…味がある人だ…

おそらく平日は別の仕事をしているのだろう…近くに止めてあるワンボックスの荷室には、エアコンやガスの工事をしているのだろうか…沢山の道具と材料を積んでいる…

いつも、行くと、一言二言会話をする…
『どうですか、売れてます?…』
『いやー、寒くならないからねぇ。まだまだ だねぇ…』
入れ終わると…
『ありがとうございやすっ。またおねがいしまーす』
『お世話様でした』
などと、毎年この時期になると…ちょっとした会話を楽しんでいる…


先週の日曜日…昼過ぎ頃…太陽の日差しがポカポカ暖かい小春日和…
2缶持って、灯油を買いに行った…

『いやー。あったかいですねー』

…店主…人差し指を立てて唇に当てながら
『それ…禁句なの…』
『そうなんっすかー。売れないですかぁ…』
『全然…』
『どのぐらいですか…』
『去年に比べたら、大分落ちてるねー…』
『そうなんですか…大変ですか…』
『全然違う…』
『そうっすか…』

などと…話しているところに…
次のお客さんが来て…

店主は、そそくさと、給油を終わらせて…
『ありがとうございやすぅ。またおねがいします。』

と言って、次のお客の対応を始めた…

家で家内に
『灯油が売れないらいしよ』などと、店主との話を伝えた
家内…『ところで、(灯油)いくらだった?』
私…(…一缶1080円だったけど)『…お金…払うの忘れた…』


…お金を払う為、急いで、そのお店に行き…
『さっき、お金払わなかったよねぇ…』
『…えっ…、…いやぁ、覚えてない…』
『次のお客さんが来て、対応し始めたから…、それで、忘れたじゃない…』
『いやぁ…覚えてない…、いいよ。もらったかもらわなかったか忘れちゃったもの…。2重取りはできないよ…』
『家で家内から、値段聞かれて…払ってないことを思い出したので…』
『いや、忘れちゃったから…いいだよ…
忘れてよ…貰わなかったのは、こっちのせいだし…』
『払ってないことをはっきり思い出したので…払わせてよ…
『いや、いいだよ…貰ってるかもしれないし…』
『今日、〆た時にわかるんじゃない…』
『そうだね…〆た後に確認すればわかる…
 じゃぁ。次回まで預けとくよ…』
私『それじゃ。また来ますね』
店主『わざわざ、どうも…ありがとうございやすぅ』

会話を聞いていた、次のお客の老夫婦の奥さんが…
『なんだか…いい話ねぇ…』


僕もなんだか…心が熱くなりながら…また、来週土曜日に来よう…
と、心に誓いながら…スタンドを後にした…

そして、昨日の土曜日…空の灯油缶を一缶もって…
スタンドに行って…店主に
『どうでした。やっぱり払ってなかったでしょ…』
『…いやぁ…もうわからないからいいよ…』
『だって…計算どうでした…』
『計算なんて…あてにならないから…
 …もう、忘れてよ…』
と言いながら…一缶入れ終えて…

私は、今日持ってきた一缶分の灯油の代金として…
店主に1,000円札を1枚渡し…10円のおつりを受け取りながら…
『そうですかぁ…すいません』
店主は、いつものように
『ありがとうございやすぅ。またお願いしますぅ』

僕は、なんだか、すまない気がして…
次は、何かお礼をしようかと考えながら店を後にした…

家に帰って、家内に、何か食べ物か何か好きなものをお礼したいねぇ
などと話していた…


今日も、スタンドの前を通りかかったときに、思い出して、家内に
『食べ物か何か…好きなものもわからないし…どんなものが良いかな…』

家内
『…好きじゃないものを貰っても困るだろうし…
お店に行くことがお礼になるんじゃない…
…そうやって、心を通わせることが一番だよ…』

僕『そうだねぇ…』

(…そうだなぁ… 世の中、お金ばっかりじゃないよなぁ…)


なんだか…胸が熱くなる出来事でした…

今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
 戴冠式、入学式、あらゆる式典は、権威を印象づけるためのパフォーマンスだろう。

 式典が本番か… いや、どんな式典やどんなイベントも…本番なんていうものは、ずっと来ない…ただのパフォーマンスだからだ…

 仮に、テレビによく登場する有名な大臣が、連れ去られ、記憶を消され、何処かの老人ホームに入れられたら、只のおじいさんにほかならない…

そんなおじいさんに、肩書きをつけ、それなりの格好をさせれば、偉い人にも見えてくる…
国会で答弁でもすれば、国会議員にみえるだろう…

そういう意味で式典は。権威付けの為の一種の洗脳…となるのだ。


また逆に、痴呆症の方が、自分を総理大臣だと思い込めたら、堂々と誇らしい雰囲気で歩き出すかもしれない…
(…まあ、総理大臣が、誇らしいとその人が思えるかどうかということは…人それぞれだろうが…)

自分が天才だと思い込めたら…
自分は○○だ…と思い込めら…
そうなるのである。

そういう意味で、自分を洗脳出来たら…シメタものだ…

自分を洗脳する前に… 自分がどうなりたいかということが、もっとも大切なことだ…

周りの評価は、自分がそう思い込めたところから徐々に変わってくるだろう。

もし、変われないとすれば、何処に原因があるか…

本当にそう思い込めていないか…
本当はそれがしたいことではないのか…
どちらかだ…

自分を洗脳してみてはどうか…

それには、それが好きかどうか…100日間続けてみることである…

そうしたら答えが出るだろう…

今日はこの辺で
また明日お会いしましょう
人生は、倦まず弛まず。

<辞書的には>
倦(う)む:退屈する。飽きる。
弛(たゆ)む:緊張がゆるむ。油断する。怠ける。

では、焦るのは、何何故だろう。

今やっていること、やろうとしていること、これが、なかなか、前に進んでいかないように見える時、わたしは、よく焦りを感じる。

不休不急、急がす…とは言うけれど…

一方では…人生は、そんなに長くない…

相反するこれらの言葉を…
自分の中で、どう受け止め、どう消化していったらよいのか…

怠けているわけではない…

進みが遅いのは、怠けていることにならないか?

そう思った時…。

大抵、そう思っているのだが…

だから、何時も、焦りを感じているのかもしれない…

それは、そういう心の癖を、単に、持っているということなのでは、ないか…

そこに、取り込まれてしまっているだけではないか…

自分は、まもらなきゃいけない存在なのか?

まもろうとするから、敵を作っているのじゃないか…?

<辞書的には>
「守る」'は 大切なものとして持ち続けること。
(例) 宝を守る 約束を守る 伝統を守る 沈黙を守る 見守る
「護る」は 攻められることがないように持ち続けること。

私の場合は…護る…だな…

何時も、何時も…

責められないように…攻められないように…生きている…

敵など、何処にも居ないというのに…
…唯一いるとすれば、わたしの心の中にいる私自身をさばく裁判官…

責められても、仕方のない人間だ。そういう考えが、周りに、攻める人を作っている。

やっぱり、自分だった…とわかったら…
つぎは、どうしますか?
攻められても仕方のない人間(と、考えるの)をやめますかぁ。

単に手放すだけ、簡単です。


ある人が書いていた…
『身体を使え!』と…


幸い仕事がら、今は、とにかく始終、身体を使う仕事をしている…
今日などは…仕事に没頭しすぎて、10時の休憩のベルを聞き漏らし気づいたら、10分休憩が終わった時刻だった…でも、仕事のリズムが楽しくて、今日の休憩は必要ないっていう感じでした…

また、毎日の職場の掃除、家での掃除も続けている…
身体を使うことで、身体が元気になる…
職場や身の回りがきれいになる…
すがすがしい環境で仕事やブログを書くことができる…

わたし流の『身体を使え!』は、こういうこと…

そういえば、掃除の100日修行も75日を過ぎました…
あと少し、頑張ります…

それでは今日はこの辺で
また明日お会いしましょう

以前にも紹介した小嶋先生(神奈川県中郡二宮町の小嶋歯科医院)に毎月相談に行っている…
昨日もpm7:30~9:00過ぎまで…いろいろな話をした…
小嶋先生は…長女の多発性硬化症の発症を機に…
色々な療法を試し…伊東聖鎬先生と出会われた…

そして、診療するうえでは制約の多い保険診療を止め…
2011年4月に自由診療に切り替えられた…

経済的に見れば…毎月の経営は、保険診療のころのように、潤沢な経済効果を生まず、苦しい経営状態と聞いているが…

自分の納得のいく、スタイルで診療を行っていらっしゃる…
診療とは書いたものの…診療とも一口には言いえない…それよりも…
来られる方に自分らしく生きるための支援をされているという感じなのだ…
だから、体の不調があれば…自分のことは、自分でできるように指導を行っている…

そこでは働いているスタッフも…小嶋先生から…自分らしく生きられるよう日々の仕事や小嶋先生とのかかわりの中から…そういったものを学ばれているとのことであった…

わたしも、ゆくゆくは、サラリーマンをやめて…
自分らしく生きていくという…
『自分をはじめる』ということをしていきたいと考えている…

昨日の小嶋先生との話の中で…先生から…
『…思ったことをはじめるのに、障害があろうとも…始めて見なければ…始まらない…』というような話があり…

それに対して、私が考えていたことを先生に伝えてみた…
『先生のお手伝いができないだろうか…例えば、週一回、先生の所に通って、何か手伝えることがないかということを切り出した…』

これに対して、小嶋先生からは…結果的に、私が宿題をいただいた形になった…

現在、小嶋先生が仕事をしている中で…スタッフも色々な仕事を分担してやっているため、十分とは言えないものの、一通りは、何とか間に合っている…

もし、何か私に出来るとすれば…
『企画を自分で作って、提案して見てはどうか…』という、宿題だ…

どんな企画か…
目的は…関わる人が…『自分のことは、自分でできるような…自分研究ができる場を提供すること…』を中心に考えたらよいのではないかということ…

自分研究で、しかも、金も儲かる企画…というのも、いいかもしれない

大抵…自分一人で考えているだけでは、行き詰る…だろう…と先生は危惧されていた…
つまり、宿題が出たからと言って…一人で考えていたのではいつか忘れてしまい…
いつまでたっても、その宿題を満足に、こなせないということだ…

『自分で企画を立てる…』
今まで自分では、考えてもみなかった、課題だ…

しかし、考えてみれば…
自立ということは…自分で考え…自分で行動する…ということだ…

いつかは、それをやらなければ、結局、他人任せの人生になるよ…
…と、教えてくれているのだ…

そう…会社に行って、決められた仕事をしていれば、お金がもらえる…というのも、いわゆる、他人任せの人生であり、自分の人生を生きていないということになるのかもしれない…

自分を始めるって言うのは、結局、自分で生きていける、手段を見つけるってことなんじゃないのか?

他人任せの人生だから…会社にいれば、会社の言うことに、従うってことは、やむを得ない…

そして、これまで、それ以外に生きて行く方法を教わってこなかった…
というより、それ以外は、ない。と教わって、
それを今まで受け入れてきたから、これまでは考えもしなかった…

これまで、考えていないだけなのだから…いまから、考えればいい。
わかったところから始めればいい。

今、わかったのだから…よし、今から始めるぞ。

『自分の力で生きて行くには、どうしたらよいのでしょうか?』
『本当の自立って…何なのでしょうか…』

宇宙に注文を投げかけておくことにする…


自分の思考は、その状況がずっと続くと、思ってしまっている。

ずっと同じ状況が続くことはあり得ない…というのに…
一つの状況が、変わらず続くと思い込んでしまっているのだ…

しかし、状況は、確実に変化している…
破壊と創造…破壊と創造…破壊と創造を繰り返し…
常に新しく生まれ変わっている…

何を破壊するか…
何を創造(想像)していくか…

ご飯党だった私が、昼は、パンだけ。果物が嫌いだった私が、リンゴが大好きになり…
以前では全く想像できなかったことだ…
このように、好みだって変化する…

ずっと続くものなど、何一つない。ということだ。

いつか始めるのだから、今、やるしかないでしょう。
人生はそんなに長くない…


自分が、どうしたいのか。どうなることが、いいと思っているのか。

今日はこの辺で
また明日お会いしましょう。


ps
自分が、どうなりたいか。書き出してみると、いいんじゃない…

今朝、家内が、言ってくれた…

そう、確かに…ただ頭の中で考えているだけだと…
自分の身体に起こっている現象でさえ、はっきりと、わかっていないのが、実態だ。

最近の出来事では…右手中指の近位指節関節が、こわばっていて痛みがあり、朝、起きた時に、曲げると、その指がパキッと鳴る…
そのことが…自分ではずっと、曲げるときかと思っていたのだが、曲げた指を開く時に、パキッと鳴っている…ということが、わかった。

昨日、小嶋先生のところに相談に行った時には、指が鳴る症状が出ていなかったので、曲げる時だと話していたし、今朝確認するまで、そう思い込んでいた。

このように、頭で考えていることと、現実では、開きがあることを、実感した。

そういう意味では、自分がどうなりたいのか…ということも、頭で考えているよりも…文章に書きだしてみることが効果的かもお知れない…
と、思った。

できれば、ひらめいた、その時、その場で、書くことが、大切かもしれない。
あとから、思い出しながら想像で書いたのでは、想像の域を出ない危険性もある。

現象捉えて先入観だけでものを見てはいけない。
現象はただそうなっているだけであって、それ以外の何物でもない。

毎朝、出勤時に車から降りるときに、その日のブログネタを書くことにしているが…

今日は…


なぜ、この文章を書いたのか忘れてしまっていた…

家内と先ほど話していて…

なるほど、そうか…とおもった。

最近、右手の中指の(近位指節)関節が朝起きた時に曲がりにくい
曲げる時に痛みがあり、数か月前から気になっていた…

先ほど、家内に話したら…

家内も昔、指先がこわばっていたことがあったが、今では、すっかり治ってしまったとのことだった…

そうやって、体の不調、身体に起こる現象は、来ては過ぎ去り…
来ては過ぎ去り…と、いうことを繰り返しているだけなのだ…

ということを思い出した…

そこに、意味を貼り付けて…

…病気なんじゃないかとか…
…年だから…年には勝てないとか…

恐れてみたり…
怖がってみたり…

しかし、家内の例からもわかるように…
大抵は、放っておけば…治ってしまうもが結構多いのである…

ただ、そうなっているだけなのに…
そこに、恐れの意味を貼ってみては、ネガティブな方向に自分を誘導しているようにも思える…

一度、自分に問うてみたらよい…
それが本当に自分がやりたかったことですか…


目先を変えて…
どうせ、意味を貼るのであれば…
ポジティブな方向で意味を貼ってはどうだろう…

例えば…自分に意識を向けるチャンスだ…と、いうのはどうだろう…
健康な時は、自分に意識が向かわない…
身体に不調が起こったとき…初めて、自分自信の身体に意識が向かうのである…
そうして、この痛みとともに過ごす時間…痛みとともにある時間は…
自分という肉体に意識が向いているとこたということだ…
そんな考え方をすると…この痛みの大切さが分かる…

何も問題がないとき…身体が健康な時は、健康のありがたさが分からない…

そして、自分に意識が向かわないのである…
自分に意識を向けて欲しいという…自分が出したサインかもしれない…


…その現象に、どんな意味を貼るか…
それは、その人の自由である…

究極は
『現象捉えて、先入観(過去に受け取ってきた知識など)だけでものを見てはいけない。
 現象はただそうなっているだけであって、それ以外の何物でもない。』
と、いうことなのだから…

…柳は緑、花は紅…

そこに、意味を貼って遊んでいるのは…
私たちの趣味の世界なのだ…


私は、楽しい趣味を選択していきたい

それでは、今日はこの辺で
明日またお会いしましょう。

<序>

生活していて…
特に、人間関係の中で顔を出す…胸の痛み…
それは、主に…わたしの中の劣等感から発生する、色々な想いの集積のようだ…
ことあるごとに、出てくる、胸の痛み…


それは、一つではなく…
色々な種類…
色々な言葉…
色々なシチュエーションで、私の中に、受け入れてきたものだろう…
細かく沢山入っているという感じがしている…


そして、今、その受け入れてきた言葉の数々…
一つ一つの浄化が必要だ…


今がその時…
やっと、この時が、巡ってきた…
今ここから、浄化を始めよう…

一つ一つ…

どの位あるのか、見当もつかないが、一つまた一つと、終わらせていけば、いつかは、無くなる日が来るかもしれない…

そうだった、これを始めるために、100日修業を始めた気がする…
毎日、毎日…100日連続で浄化をやっていくことに決めた…
今がその時…
今日から始めることにした…

<浄化の時>
わたしの場合、まず、ほとんどの場合…相手とのコミュニケーションの中で起こっている…

会社での仕事…色々な人々との関わり合いの中で…
その一人一人に対するとき、自分の中の劣等感が刺激され、色々な感情が沸き出してくる…

特にネガティブな感情が出てくるとき…

…この時のために、この人たちが居てくれたのか…と、さえ思う…

その人たちと…対峙した後…
その劣等感やネガティブな感情のまま…
一つ一つ丁寧に浄化していく…


面白いことに、その人が目の前に現れて初めて…
ネガティブな感情が自分の中から湧き出てくるのだ…
目の前に来る前には湧き出てこない…


…だから、その人はわたしにとって、貴重な存在ということだ…
浄化のチャンスをくれた…大切な存在なのである…


ネガティブな感情が起こってくると…つい、逃げたくなる、避けたくなるのだが…
それが浄化のチャンスだということを忘れないでおこう…
ネガティブな感情が、浄化のサインだということを…


今の環境…
そして、その中での浄化が、目下…当面のわたしに与えられた使命である…


浄化することで、ネガティブな感情は昇華していく…終わっていく…
浄化しなければ、いつまでも終わらないのだ…

色々なタイプの感情…そして、劣等感の浄化の時なのである…

あぁ、なんと、ありがたい…


<浄化の後は、相手への質問で始める>
…疑問におもったことは、先ず、相手に質問してみる、それが、コミュニケーションというものだ。
…いまさら聞けない…などと…ネガティブな感情が起こってくるが…
その時こそ…浄化のチャンスでもある…

浄化が終わったら…そこからが、コミュニケーションの始まりなのだ…

疑問に思った時がコミュニケーションのチャンスなのだ…
疑問は払しょくされていないが…仕事は済ませられる…
仕事が済めば、それでよい良いという類のモノではない…


質問していれば、私が抱えている疑問点が相手にも伝わるし…
それ以外の付帯的な情報まで相手と共有することができるのだ…

…ところが、今までのように、もし、質問していなければ、情報が伝わらないどころか…

その後のトラブルにさえ発展しかねない…

やはり、いつでも質問がキーとなる…

コミュニケーションの始まりは、質問から始めよう…


<言葉にネガティブな感情がついている>
言葉に…感情が付いているというのは、本当だった…
大きなエンジン音を聞いて…煽られた感覚になり…
早くしなければいけない…どうしよう…
怒られる…『怒られる』という言葉に感情がついている…
『早くしないと…怒られる…』
その言葉から…焦りの感情が湧いてきた…

浄化はしたのだが…
わたしの中で自分を守るために…
受け入れてきた…
『早くしないと…怒られる…』という言葉についている私の中の焦りの感情…

よく母から、早くしなさいと言われて…叱られた時に…
自分に言い聞かせるための命令文句だったのかもしれない…

それは、ある時は…ということであって…
まだ沢山『早くしなと…怒られる…』のシチュエーションが、自分の中に入っているのだろう…

全ての過去の記憶…すべてのシチュエーションを出し切ることは不可能なのだ…

だから、津留さんは、簡単に答えを出さないで下さい…と言ったのだ…
沢山の…色んなシチュエーションの…『早くしないと…怒られる』…

その言葉についているネガティブな感情を今、浄化しました~


<嫌いな人との人間関係…>

きらいな人…いやな人…ネガティブな感情を引き起こす人との人間関係…
どうして、この人が、わたしの目の前に現れて…
わたしの感情を惹起するのだろう…
どうして、どうして…

これも浄化の一つだった…
仕事するより、大切なことかもしれない…
否、仕事の中から、…仕事をしていく中から、それは惹起されることがある…

だから、今いる所が、わたしのいるところなのですね…
そして、今していることが…
わたしのやるべきことなのですね…津留さん…


<私の望み>
質問を投げかけておくと…答えが来るということ…?
家の近くで…金の心配をしなくて済む収入が得られる仕事に就くには、どうしたらよいでしょうか…
…質問を…とりあえず…投げかけておきます…

宇宙を駆け巡り…答えを探してきてくれるでしょう…




今日も、読んで下さってありがとう…ございます…
明日、またお会いしましょう

ネガティブな感情…

どうして、わたしは、ネガティブな感情を嫌うのか。

 

好き、嫌い。

好き…と言うのは、良い感情で…

嫌いというのは、悪い感情だ…

 

食べ物の好き嫌いをしちゃダメだよ…

小さい頃、母からからそう教わってきた。

私たちの世代は、多くの人が、そうやって育てられた…のだと思う…

 

効能として…もしかしたら、嫌いなものを強いられて食べているうちに、好きになった食べ物もあるかもしれない。

…しかし、その反対に、嫌いという感情は、悪いものだから、感じないように…、そして見ないようにしてしまった…

 

…また、何の繋がりも、根拠もない話なに…

食べ物の好き嫌いをする人は、人の好き嫌いも激しい……と、いう話を聞いて…なるほど、と、勝手に思い込んだ節がある…

…そして、好き嫌いがある人を見ては、やっぱりそうだ、あの人は食べ物の好き嫌いが激しいから、人の好き嫌いもハッキリしているんだ…

ちょっと怖いなぁ… と警戒するようになり…いつしか、恐れを抱くようになったかもしれない…

 

このことも…根底には…仲良くしなければいけない、仲良くした方が良いに決まっている…という教えが…返って、恐れを植え付けた結果だ…

 

そして、さらに…その反対の…仲良くできないのは、良くないこと…とかってに解釈した…根も葉もないことである…

 

親がたとえ、そう教えていなかったとしても、親の雰囲気も伝わるだろうから、

 

仲良きことは…美しきかな…イコール、仲悪きことは…醜い…と、勝手に思い込んだ。

 

感動体験は、好むが…

怒りの感情体験…悲しみの感情体験…そういったものを嫌う傾向にあるのは、この教育の弊害だ…

そのネガティブな感情が発生する度に…その感情を見ないように…感じないようにしてきたのだ…

 

その結果、ネガティブな感情が発生する度に、抑え込むことで消化しきれずに、心の中に溜まって行った…

たまに…小爆発を起こす…ものの…罪悪感があるために…こんなことではだめだ…

なぜ、怒りをコントロールできないのか…と、また、さらに、ネガティブな感情が悪いものだと強く強く思うようになってしまった。

抑え込みすぎる人は、大爆発となる場合があろう…大爆発を起こして消化できたはずなのが…ここでも、罪悪感が起動して…

せっかく、消化(昇華)したエネルギーを…罪悪感が、わざわざ、ねじを巻き戻し、未消化のエネルギーが、心の中に残ってしまうということをこれまでの人生で何百回…何千回と繰り返してきた…

 

…わたしの心の中は、こういった、未消化のネガティブな感情で一杯だ…

 

やっと、先週の金曜日ぐらいから、実践的に、ネガティブな感情を消化できるようになった、と思える…

 

ネガティブな感情が起こるたびに、その感情が身体の中の何処で、どのように起こっているのか…じっと、黙って、見つめることが出来るようになってきた…

 

そうすることによって、確実に感情が昇華・昇天する感覚が分かるようになった…

 

じっと、そこに居て、その痛みを見つめる、…どうしてこのような感情が出てくるのだろう…どうして…どうして…どうして…どうして私は、そのことでこんなに胸のこの辺りが締め付けられるのだろう…どうして…どうして…

 

っと、その感情を見つめていると、その感情がピークに達し、胸が熱くなり…徐々に消えていき…もう、あまり痛みもないな…と、感じられても…最後まで、その感情から目を離さず、完全に昇華するまで見つめるようにできるようになった…

 

津留晃一さんの2テクニックと基本原理は同じことができるようになってきた…

 

そうすることで、確実に消えていく感覚が分かるようになってきた…

 

相手にぶつけるのとは、訳が違いますよ…と津留さんは(本の中で)仰られていたが、その感覚が実感としてわかるようになってきた…

 

それから、毎日のように…いろいろな場面で発生するネガティブな感情を浄化できるようになってきた…

 

こうして、一つ一つ心の中を満たしている…ネガティブな感情を昇華していこうと思う…

 

今日はこの辺で

また明日お会いしましょう。

これからの人生は、自分のやりたいことをやって生きて行きたい。

 

しかし、やりたいことばかりやって居ると、食っていけない。と、言う言葉が深く根強く私の中にある。

その想いが種となり、食ってはいけるかもしれないが、子供を大学まで出すための金が稼げない。

そんなに私には、力がない。と、思っている。

 

では、子供が大学を卒業したら、何をしても生きていけるのか?と、問うと…生きていける。…という答えが、返ってきた。

では…大学に行っても…学費は何とかなるんじゃない…大丈夫だ…と、思えてきた。

 

この不安の感覚…不安の感覚は…そう、思い出した…

まだ、結婚して間もないころ…家内も共働きで働いてくれていた…その頃、家内が会社を辞めたら、生活できるか、漠然と不安だった…というより、食っていけるだろうか?と、強く不安を感じていた。

家内も結婚後、4か月ほど働き…子供が授かったこともあり会社を辞めた…あから25年以上になる…が…

今まで、何の不安なく生活できてる…と、考えたら…これからも大丈夫だ。と、少しは思えてきた。

 

以下、心と私の会話…自問自答…

 

心k:いやいや、あの頃の状況は子供も小さかったし、給料も良かったし…今とは大分違っているよ。

 

私w:でも、その頃だって大分不安だったのを思い出した…だから、今回も何とかなるんと思う…

 

kそうなんだぁ…大丈夫だ。と、わかったら…次は何するの…自分のやりたいことって…何をやっていきたいの。

 

w師匠の小嶋先生のお手伝いをしたい。

 

k何時からやるの?

 

wわからない。

 

k相手にだって、都合があるよ。

だんだんに、やっていったら良いのじゃない?小嶋先生の近くで…

 

wそうだね。相談してみよう。

インターンシップってのがあるでしょう。あれやらせてくださいって頼んでみよか。

 

k人生の目的探し。じぶんの何やりたいか探し。100日続ける。って、いうのはどう?…やってみますか!

 

w先ずは、相談だね。今度伺ったとき聞いてみるよ。

 

kそうだね。先生の近くに行って、手伝ってみない事には、自分も、先生もイメージがつかめないよね…いいんじゃない。相談してみなよ…

 

…話、変わって…

 

k所で…子供を大学を出してやるのは…何のためって、言ってた…親の責任?

大学まで遊ばせてやりに行く。そこまですることが、本当に、親の責任なの?…

自分は大学出たから、よかった?どうなの?…

 

w…そのおかげで、家内と同じ会社に入社して…家内と結婚できたから…

 

kそれだけでは、大学に行かなかったからと言って、今の奥さんと本当に結婚できなかったかは、わからないんじゃない?

だって、もう大学に行ってしまったのだから、行かなかった選択の結果が、どうなったかわからないということだよね。

もしかしたら、結婚して同じ様に生活してたかもしれないよ。

そしたら、どれがいいって、いえないよね。

 

w大学?…、本当に、大学に行かせることが、子供にとって良いことなの…

…そうそう以前、 藤五郎太(ふじ ごろうた)さんという方が、ブログだったかどうか…『ビトンの夢』というのを書いていたのを思い出した。

言いたいことは、ルイビトンというブランドがあって、ブランド好きな方が、部屋中をビトンで一杯にしたい…と、思った。…

…でも…それは、その人の夢ではなくて、ビトン側が思っている夢なんだ…多くの方の部屋の中を…埋め尽くしたいと…

 

大学?…私たちや、子供の夢…ではなくって、この世を支配している…システム構築者の夢なんじゃないの…ということ…

 

それを…わざわざ、叶えてやる、って、どうなの…?と思う…

 

kそう、子供にしむけたのは、だれ?

 

w子供が育ったすべての環境から…勝手に、子供がそう思ったのだと思う。

 

k…ところで…自分が、大学に行った理由は…

 

wみんなが行くし…親がすすめるし…それ以外、考えなかった…大学行けば遊べる…とは思わなかったけど…

そんな理由だ…

 

kそれで…今は、後悔しているの…

 

w後悔していない!…何を選択しようと…どう、選択した結果であろうと…

今までの私の中の生い立ちや出来事…

そして、この肉体、この思考、この頭脳、わたしと見える全ての状況や環境、今は、すべてのものに感謝!

 

そして、これから、…この肉体、この思考、この頭脳、わたしと見える全ての状況や環境…があるからこそ出来る何かがある。

それが、わたしに与えられた使命。

 

たった今、やっていることが、わたしのやるべきことなのだ。

自分に…どんどん、負荷をかけてやれ、できるところまで…やっていけ!

だって、そのために、この世に、生まれてきた。

 

どんなことをしたって、大丈夫だ…

 

それでは、今日はこの辺で、

また明日お会いしましょう


ps
k(心)のつぶやき…
結局、どう生きてこようと、どんな選択をしてこようと…
それらのことが…全て、最良だったんだ!
それが分かった今、あとは、できるところまでやっることだ!
自由にやりたいことをやって行こう。
あっ!自由に…そして、誠実にね!

人生はやったりやられたり…エネルギーの交換の場だ…


以前のブログにも書いたが…

「結局、返すんだから、(お中元やお歳暮、それから…入学のお祝い事など…)やったりやられたりというのは、ばかばかしいじゃないですか」という私に対して…

いつもは、あまりしゃべらないお義父さんが、『付き合いって言うものは、そういうもんだ』…と、ぽつりと一言…

もう、10年か20年前の会話なのだが…印象に深く残っていて…家内との会話の中で…たまに話題になるエピソードだ…


昨夜、ある理学療法士のブログに書いてあったといって、家内から…

『相手に対して、毛並みに沿って、さすってやりながら、『今日もありがとう…いつも頑張ってるね』と、声かけてやると、声をかけらた人だけでなく。声をかけた人からも、オキシトシンというホルモンが出るらしいよ…』

…オキシトシンをネット検索かけると、愛情ホルモンと出てきた…


片側だけから出るのではなくって…お互いから出る。…双方からエネルギーを出し合うっているのだろうか…


喧嘩などのように…時には、本当に激しいエネルギーのぶつかり合いもあるだろう。


どちらにしても、等価にエネルギーを出し合い、ぶつけ合っている…


わたしたちは、そのことを表面的には分かっていないかもしれない…

しかし、全ての人の脳(潜在意識)は、そのことを知っている…


どんな人とも、どんな関係であろうとも、エネルギー交換は、必ず等価で行われる。

そして、それがこの世のゲームのルールなんだ…

というのは、単に私だけの世界観か…


今朝7時ごろ、車を降りるとき、外に出てみると…植込みの土に、霜が降りていた。

車の中の外気温計を見るとマイナス1度を指していた。

なんだか小さい頃を思い出した。小学生の時は、よく、霜を踏みながら学校に通ったことを思い出した。

なつかしさに、心が震えた。

こんなところからも、エネルギーをもらった感じがした…


仕事をしてお金を得るのも、等価交換でなければならないはずだが…果たして、そのようになっているだろうか…

…それがこの世の法則のはずなのだが…?


この世の法則に…エネルギーを片一方だけが出すという事は、ありえない。それが、等価交換の意味である。


会話もエネルギー交換


エネルギーのやりとりだから、師匠と弟子の関係であろうと、どちらがどう…どちらが、偉いということもないはずだ…

等価交換なのだから…


『やったりやられたり』そうやって、世の中は、バランスを取っている。

身体が、筋肉によって支えられている。

当たり前と思っていることなのだが…

なんと不思議なことだろう…

立っている状況を考えた時、筋肉のエネルギーバランスによって、身体をささえている。

そうやって均衡を保てられるのは、むしろ不思議なことで、奇跡的なことだ…


バランスが悪い場合は、必ず、崩れ去る。

崩れ去るというより、崩れることで、エネルギーバランスをプラマイゼロに持ってくる。

単に、そういうことだ。


だから自分だけが儲かろうというのは、エネルギーバランス的には、無理がある。

必ず、法則としては、バランスをとろうとするだろう…


手紙かのやり取り、年賀状のやり取りでさえ。

エネルギーの等価交換なのだから、通り一遍には、その通り、通り一遍が返ってくる。

 

でも、返ってき方は、人間智では理解できない。出したエネルギーが、いつどこから返ってくるかわからない…

ただ、そうなっているだけなのだが…


テラさんも、伊東先生も、みんなみーんな、そのことを、知っているから、恐れがない。…のだな?



昨日会社で、昼休みに…10歳ぐらい年下だが…仲の良い方が、お茶をもって遊びに来てくれた。…たまにそういうことがある。

快くいただいたて、束の間の談笑を楽しんだ。


これも1つのエネルギーのやりとりだ。


来週は、その方の所に、飲み物を買って行こう。

これが、エネルギーバランス!


それでは今日は、この辺で

また明日、お会いしましょう


ps


伊東聖鎬先生のyoutubeで…

今まで、どうも理解できなかった所だったののだが…


今日、その答えが来た~!


youtube【「脳の情報を読む」ということ↓】

の中で…2:30頃からの部分…

 「脳の情報を読む」ということ↓】

の中で…2:30頃からの部分…



『人間らしくて、いいじゃないですか』津留晃一セッション集(英光舎)p110より

 「働かなくても、食っていける!」―こう思えないかぎり、また煮詰まります。

あなただって、きっと少しはそう思えるときがあるでしょう。

 でもまた、「やっぱり無理じゃないか…」と、フッと不安になる。今は、不安に思う方の割合が多いから、結論が「やっぱり無理だ」になってしまっているだけです。

 不安を感じたときは、その不安とともにいて、じっくり味わうのです。不安に思うたびに、こうやって浄化してやれば、いつしか「きっと大丈夫だ」と思う方の割合が多くなってきます。それでいいのです。

 その割合が、「五十パーセントを超えたなぁ」と感じるときが、行動を起こす瞬間です。

 

津留晃一さんの「浄化の方法」…
 

そして…

 考えるな、感じるんだ。…(映画「燃えよドラゴン」ブルースリーのセリフより)


その感覚が、少しわかってきた。




 

今日、朝通勤途中で、前のバスが、バス停にとまったので、追越しをかけようとしたら、対抗して来たちょっと古い型のマークⅡが、クラクションをパーンと鳴らしながら、ほとんど減速せずに、真っすぐに突っ込んできた。


慌てて、バスの斜め右後方に寄ったが、対抗車は、避けもせず、真っ直ぐに、入ってきて、邪魔だよドケ!

という感じでどんどん突っ込んでくる。

一瞬の事だったので、相手の心情までは、ハッキリとは、わからないが、そういう感じがした。


わたしは、と言えば、トッポイ感じのマークⅡで、ちょっと怖かったので、頭を下げながら、ごめんなさい、と、二度ほどつぶやいていた。

すれ違うとき、ぺこぺこと、頭を下げながら、相手の顔をみると、わたしより10歳は年下の40代前半と思しき、ちょっと、イカツイ系のニイちゃんだった。

こちらが、頭をぺこぺこ下げても、こちらを睨むでもなく、前方だけに、視線を投げていた。…

こわいのと、申し訳ないのと、情けないのと、もっとヨケテくれたらあんたも通れるのに…などと、

色んな思いが、頭を巡り…


頭で考えることは、その程度のもので…



それと同時に、胸のあたりが、カーッ、と熱くなった。

あっ、この感覚かぁ~

きっと、色んな思考を全部含んだというより、

過去のいろいろな体験から受け取った、思考の数々を含んだ感覚なのだなぁ…


胸の辺りの熱さを感じながら…何分間か…そこに、じっとしていた。


そして、いつもなら何だあいつは…むかつくなぁ…と、

考えてしまうような、そのイカツイ系のニイちゃんに、感謝した。


思い出させてくれた、この感覚に、…

ありがとう、という、おもいとともに、じっと、暫くそこにいた。

 
そうしている間、次回は、気をつけよう。

対抗車を見ながら走ろうとか、無理やり、はいったっていいじゃないか。

とか、色んな、思いが出てきた。

熱い心で、感じた。


ずっと考えていたら、心が冷めてきて、そしたら、

こっちも、つっこんだら、どんな体験が出来ただろう。

などと、ちょっと、笑えてしまうように…考えられるようになった。


心に余裕ができたということかもしれないいなぁ。

色んな体験を終えていく、…


色んな体験を味わっていく、その時々の体験が貴重で、新鮮だ。


人生は、なんって!面白いっ!


それでは今日はこの辺で

また明日お会いしましょう