2018年に改訂された「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」の中で、放射性ヨウ素内用療法のいくつかの項目について、一般の方にも理解できるように解説を加えたいと思います。

 

 

 今回、放射性ヨウ素内用療法の3つの分類が提示されました。「アブレーション」、「補助療法」、「治療」です。

 

◇アブレーション:残存腫瘍がないと考えられる患者における正常濾胞細胞除去

 

 甲状腺全摘しているはずなのに、なぜ「正常濾胞細胞除去」を行うのか。

 甲状腺をすべて切除するのが甲状腺全摘術ですが、完全に切除するというのは実はかなり難しいのです。これは一般の方には理解が困難だと思います。簡単に言うと、声帯を動かす神経(反回神経)に近接した正常甲状腺部分は、硬くて血流も豊富なため、手術操作が難しいのです(甲状腺切除術で最も難しく気を遣う部分です)。ここを無理して完全切除しようと思うと、出血が増えたり、神経を損傷したりする可能性が出てくるので、多少甲状腺が残っても仕方がないとなるのです。そのためどうしても正常甲状腺部分が残ってしまいがちになります。高齢でやせ型の方はきれいに切除しやすいのですが、若くて体格の良い方は切除が困難な傾向があります。一方で、肉眼的には切除できたとしても、肉眼では確認できないくらい微量の甲状腺組織が残ることも多いです。そのため、それらを放射線で焼いてしまおうというのがアブレーションというわけです。

 

 目的は「経過観察の単純化」とされています。

 

 甲状腺分化癌の全摘後は、血中のサイログロブリン値が腫瘍マーカーの役割を果たします(抗サイログロブリン抗体陽性の時を除く)。サイログロブリンは、正常甲状腺組織や分化癌の細胞が産生、血中に放出します。全摘後に血中サイログロブリン値が高い場合は、腫瘍がどこかに残存している可能性を考えなければなりません。しかし正常甲状腺組織が残っていると、正常甲状腺由来のサイログロブリンが検出されているだけなのかもしれません。そこでアブレーションを行い、正常甲状腺組織(正常濾胞細胞)を除去してやれば、血中のサイログロブリンは腫瘍由来のものだけになります。正常甲状腺組織のことを考慮する必要がなくなるので、「単純化」できるということです。

 

 投与量は30mCiとされています。

 

 

◇補助療法:画像診断で確認できないが、顕微鏡的な残存腫瘍が存在すると考えられる患者における癌細胞の破壊

 

 「補助療法」というくらいですから、手術のみでは腫瘍の取り残しや再発の心配がある場合に、補助的に放射線の力を借りて治療しようということです。

 

 目的は「再発予防、遅延」とされています。

 

 投与量は100~150mCiとされています。

 

 

◇治療:肉眼的残存腫瘍や遠隔転移が存在する患者における癌細胞の破壊

 

 目的は「顕在する癌の治療」とされています。

 

 投与量は100~200mCiとされています。

 

 「治療」については特に解説の必要はないでしょう。

 ヨウ化カリウムという薬があります。ヨウ素が主要成分の薬で、主にバセドウ病で使用されます。この薬は以前、福島第一原子力発電所事故の際に話題になったかと思われます。原発事故の際に放出される放射性ヨウ素による被ばくを避ける目的で、ヨウ化カリウムが使用されることがあります。

 

 ヨウ化カリウムの特徴は、効果が非常に早く表れ、副作用がほとんどないことです。逆にデメリットは、効果があまり長続きしないことです。

 

 バセドウ病の治療の際に、チアマゾール(商品名:メルカゾール)などと併用すると、速やかにホルモンを抑えることができます。チアマゾールの内服量も減らすことができるので、副作用の発現頻度も減らすことができます。

 

 バセドウ病と診断されて治療が必要だが、近いうちに海外出張があり、頻繁に検査ができない、という場合があります(最近はコロナの影響でほとんどありませんが)。抗甲状腺薬の副作用が心配な時などに、とりあえずヨウ化カリウムで治療を開始すると、薬の副作用を心配する必要がありません。

 

 ヨウ化カリウムは短期間で効果がなくなってしまうのが一般的ですが、軽症のバセドウ病の場合は、ヨウ化カリウムだけで治ってしまうこともあります。

 

 妊娠時にも比較的安全に使用することができます。妊娠初期に起こる一過性の甲状腺機能亢進症や、バセドウ病の妊娠初期に使用することがあります。

 

 チアマゾールなどの抗甲状腺薬は、重い副作用が出現した際には中止しなければなりません。副作用が発現するタイミングはたいてい治療初期なので、甲状腺ホルモン値がまだ高い状態です。抗甲状腺薬を中止すると、せっかく低下傾向にあったホルモン値が再び上昇してしまうので、副作用が落ち着くまでの間、ヨウ化カリウムを使用します。

 

 バセドウ病で手術を予定されている場合、手術時には甲状腺機能が正常であることが望ましいのですが、なかなかコントロールができない方もいます。手術が近づいてきたけど、まだ少し甲状腺ホルモン値が高めだなというとき、術前1~2週間くらいヨウ化カリウムを併用すると、速やかにホルモン値を正常に近づけることができます。また、術前にヨウ素剤を使用すると、術中の出血を少なくすることができると信じられているので、術前は必ずヨウ素剤を使用するという外科医も少なくありません。

 

 バセドウ病の患者さんで、チアマゾールなどとともにヨウ化カリウムを何年も併用している場合があります。これはあまりお勧めしません。治療開始から長期間経過している場合は、チアマゾール単独でコントロール可能です。また、いざというときのためにヨウ化カリウムが追加できる状態にしておきたいので、私は治療開始初期のみ併用して、できるだけ早めにヨウ化カリウムを中止するようにしています。

 

 ちなみにヨウ化カリウムの添付文書には、甲状腺機能亢進症のほかに、慢性気管支炎や喘息に伴う喀痰喀出困難、梅毒にも使われると書かれています(実際に使われているのかは分かりませんが)。

 検診などで甲状腺機能の異常を指摘されると、精密検査目的に内分泌科や専門病院などを受診するように勧められます。明らかな甲状腺機能低下症や中毒症で症状がはっきりしている場合は、なるべく早く受診して診断してもらったほうがいいと思います。妊娠中あるいは妊娠を希望される方も、早めの受診が良いでしょう。

 

 一方で、明らかな機能の異常を指摘されるよりも、ごく軽度の異常を指摘されて精密検査となるケースのほうが多いと思います。具体的には、甲状腺ホルモン値(FT4やFT3)は正常で、甲状腺刺激ホルモン(TSH)のみが異常であるケースです。TSHが高ければ潜在性甲状腺機能低下症、TSHが低ければ潜在性甲状腺中毒症と呼ばれます。「潜在性」と付くくらいですから、機能異常による症状は出ないことが多いです。

 

 潜在性の機能異常を指摘された場合、心配な方は直ちに精密検査を受けに来院されます。それでも悪くはないですが、軽度の異常は一時的な場合があり、しばらくすると回復することも多いので、前回の検査から少し時間がたってから精密検査を受けてはいかがでしょうか。むしろそのほうがホルモン値の変動が分かるので、私は1ヵ月くらい経過してからの検査をお勧めします。

 前回は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が甲状腺に与える影響について記事にしました。今度はその逆、甲状腺の病気がCOVID-19の経過に影響を与えるかについてです。

 

 極端な甲状腺機能異常がなければ、COVID-19の経過には影響はないだろうと思っていました。患者さんにもそのように伝えていましたが、最近では研究結果が少しずつ報告されているようです。

 

 

 最近報告された韓国からの論文をごく簡単にまとめてみます。甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症、バセドウ病、甲状腺炎、自己免疫性甲状腺炎の患者について、COVID-19の重症化や死亡率などを検討しています。

 

 COVID-19患者と感染していない健常人を比較した研究です。約8000人の患者の中で、重症者(ICUへの入室、人工呼吸器装着、ECMO使用、死亡など)は約7%だったそうです。

 

 COVID-19の重症化率については、甲状腺疾患の有無とは無関係との結果でした。

 

 COVID-19の死亡率については、統計上はバセドウ病患者では死亡率が高かったという結果となっています。しかし死亡した患者は1名のみなので、死亡率が高いと断定することはできないでしょう。

 

 この論文では、甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症、バセドウ病、甲状腺炎、自己免疫性甲状腺炎は、COVID-19の感染、重症化、死亡率との関連はなかったと結論付けています。ただし、単純に甲状腺疾患の病名がついている患者を抽出して比較しただけですので、甲状腺疾患の重症度や、甲状腺疾患に対してどのような治療がされていたのかの情報はありません。したがって、甲状腺疾患の詳しい病状が不明なままでの研究であることを理解しておく必要があります。

 

 この論文と同じような結論が他にも複数報告されていますので、現在のところ、甲状腺疾患はCOVID-19にはほとんど影響を与えないと考えてよさそうです。

 

 

参考文献

The Effects of Previous Thyroid Disease on the Susceptibility to, Morbidity of, and Mortality Due to COVID-19: A Nationwide Cohort Study in South Korea

J Clin Med. 2021 Aug; 10(16): 3522.

 

 

 

リスがジャンプする瞬間です(町田リス園)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が甲状腺に及ぼす影響について、最近の研究結果をまとめた論文(review)を読んでみました。書いてあることが難しいので良く理解できないこともあるのですが、自分なりにごく簡単にまとめてみましたので、興味のある方はご覧ください。

 

 COVID-19による甲状腺への影響は大きく分けると二つあるようです。

 

 一つは甲状腺に対する直接的な影響です。甲状腺濾胞細胞にはACE2受容体(ウイルスの細胞内への入り口のようなものです)が発現しており、それを介して新型コロナウイルスが甲状腺細胞に直接感染する可能性が指摘されています。

 

 もう一つは、間接的な影響です。ウイルスがヒトに感染すると、体内では免疫反応が起こります。過剰な免疫反応によって、重篤な合併症を引き起こすことが知られています(サイトカインストームなど)。免疫反応が甲状腺に影響を及ぼして、甲状腺の病気を発生させるという説です。

 

 

<重症疾患の際に起こる低T3症候群>

 

 重症疾患(COVID-19に限りません)の患者さんで、甲状腺ホルモン値の低下を認める場合があります。これは甲状腺自体の異常ではなく、体の防御反応の結果として起こる甲状腺ホルモン値の異常です。軽症ではFT3値のみが低下するので、低T3症候群と呼ばれています。重症度や罹病期間が増すと、FT4も低下してきます。重度の低T3がCOVID-19の死亡率と関連があるとの報告もあるようです。

 

 

 

 新型コロナウイルスが感染することにより、破壊性甲状腺炎、自己免疫性甲状腺炎の発症や再発などが起こり、甲状腺機能低下症や甲状腺中毒症を起こす可能性が指摘されています。

 

 

<亜急性甲状腺炎>

 

 新型コロナウイルス感染後に亜急性甲状腺炎を発症したとする報告が複数出てきています。COVID-19発症と同時、あるいは症状が落ち着いた後に発症したそうです。一般集団での発症よりも頻度が高いらしく、感染と関連しているのではないかと言われています。起こる原因は、ACE2を介した直接の影響の可能性、あるいはCOVID-19に伴う免疫反応の影響が挙げられています。一過性とはいえ、重度の甲状腺中毒症を起こすこともあるので、心房細動などの不整脈の誘発、血栓塞栓症の発症など、COVID-19の経過に悪影響を与える可能性があります。

 

 

<自己免疫性甲状腺疾患の発症>

 

 新型コロナウイルスに対する抗体が甲状腺組織にも反応してしまい、甲状腺の自己免疫疾患が発症する可能性が指摘されています。

 新型コロナウイルス感染後にバセドウ病を発症した、あるいはバセドウ病が再発したとする報告があります。

 感染による免疫反応が、甲状腺の自己免疫疾患で起きている免疫の活性化に似ている部分があるそうで、誘因の一つかもしれません。

 

 

 

 報告された甲状腺疾患は、少数の症例報告や小規模な研究結果でしかないため、COVID-19によるものと断定はできません。大規模な研究が必要ですが、世界の研究者もなかなか甲状腺にまでは手が回らないのが現状ではないでしょうか。

 

 

参考文献

Prevalence of thyroid dysfunction in patients with COVID-19: a systematic review

Clin Transl Imaging. 2021 Mar 11 : 1–8.