若い頃、向上心が強くて、もっともっと良くなりたいと望んでいました。しかし私は意志がよわかったので、何をやっても長続きしません。ピアノ、テニス、語学など、いろんな習い事を始めましたが、何一つものにすることができませんでした。自分は意志が弱いから何事も続かないと思っていました。意志が強い人が羨ましくて、何とか意志を強くしたいと望んでいましたが、適いませんでした。

さて瞑想を始めてから、いろんなことがうまくいくようになったのですが、それは意志の力ではありませんでした。相変わらず私は意志が弱くて、自分を律して何かを行うのは苦手です。ただ瞑想してストレスが少なくなり、心と体のバランスが整ってきたので、考えや行動がよりよいものになってきた感じです。それは自分の意志とは無関係で、すべてが自動的でした。

昔の人は強かったから、自分の意志と努力でどんな事でも達成できたけど、現代人はそんなに強くないから、意志の力ではどうにもならないことが多い、そんな気がします。でも瞑想して、内側にある自然の力を利用することがきれば、たとえ意志が弱くても、すべてがもっと努力なく達成できるようになってくると思います。
瞑想を始めたばかりの頃、教師や瞑想者の方が、何でも肯定的にとらえようとする発言に、少し違和感を感じていました。良くない事が起こったとき「きっといい事が起こっているのよ」と言われも、どうも納得できない。無理してそう思いこもうとしているのかな、なんて考えたりしました。

でもだんだんと、私も物事を肯定的にとらえる習慣がついてきて、無理してやっているわけじゃないことが分かってきました。物事をどうとらえるかは、私たちの心の状態に依存しています。疲れてストレスがたまってくると、物事の悪い側面ばかりに目がいきますし、よく休んで気分がよいときには、物事の良い側面の方に注意が向くものです。なので、瞑想してストレスがとれてくれば、自然に物事を肯定的にとらえるようになってくるというわけです。

「他の人のよい所を見ることで、その良い質がその人の中に成長し、同時に自分の中にも成長していきます。そして、それが言葉となって現れ、環境の中にも広がり、その良い質が何倍に増えていくのです。―マハリシ」 相手の良いところを見ると、その良い質が自分の中に成長し、反対に、悪いところを見ると、その悪い質が自分の中に増大してしまう……。そう考えると、自分自身のためにも、物事の良い側面に目を向けるということは、とても大切ですね。
瞑想を始めたばかりの方、まだ若い方でも、とても純粋で、穏やかで、謙虚で、「この方は意識が高いな~」と思う人がよくいます。今は、そのような意識の高い人々がどんどん生まれてくる時代なのかもしれません。

日本の伝統的な習い事では、何年行っているかが重要で、先輩と後輩という関係があります。しかし、超越瞑想では長く行っているからその人は意識が高いということではありません。個人のレベルでは、長く実習すればするほどより成長していくことは確かです。しかし、10年間実習している人が、5年実習している人よりも意識が高いとはいえないのです。

ですから、瞑想を始めたばかりの人も、長年実習している人も、平等に、今この瞬間に啓発を得るチャンスがあるのです。

人それぞれ進化の度合は異なります。啓発直前の状態で生まれてくる人は、数年の瞑想で啓発するかもしれませんし、啓発までに何十年かかかる人もいるでしょう。その人が進化のどの地点にいるかを、行動や態度から判断することはできません。進化の度合は人と比べて優劣をつけるものではないように思います。

ですから、自分が進化のどの地点にいるかはあまり気にせずに、毎日規則的にプログラムを行い、自分の役割に専念して、前進し続けることです。進化のどの地点にいても、そこには生きる喜びがありますから、それを楽しみながら進んでいきましょう。