TMのツイッターで、ある瞑想者の方がつぶやいていました。
「問題です。「油断大敵」その意味することは?」

「油断大敵」って、油断すると失敗するから、失敗しないようにいつも油断してはいけない……ということ? でも失敗しないようにいつも気を配っていたら疲れるだろうに、と感じました。

そういえば、瞑想を始めてから、一生懸命気を配る、ということをしなくなってきました。あれこれ心配しなくても、必要なときには必要な考えが浮かんで、時をえた行動がとれるようになってきます。つまり、瞑想して目覚めた機敏な意識を保っていれば、リラックスしていても、問題が起こる前にそれに気づいて、大事に至らずにすむ、ということです。

普通は、気を抜くと注意が散漫になって失敗する、だから気を抜いてはいけない、と考えられています。だから、いつも気を張っていなければならず疲れてしまう。でも瞑想していると、リラックスしながらも目覚めた状態が保たれるので、失敗を未然に防ぐことができます。これなら疲れません。

瞑想している経営者の方がよくおっしゃいます。「最近、問題が大きくなる前に何かしらサインがやってくるので、それを未然に防ぐことができる。だから前のように、いろんなことに気を配って心配する必要がなくなり、すごく楽だ」と。

瞑想中に体験する純粋意識は「安らぎに満ちた機敏さ」の状態であると言われます。純粋意識を体験しているときには、安らいだ状態と機敏な状態という相反する状態が同時に維持されているのです。瞑想によってそうした状態が次第に定着していきますと、どんなに安らいでいても、機敏な状態でいられるようになります。

さて、質問をされた方のその答えは、とても深遠なものでした。

「油断大敵とは、比叡山延暦寺に 300年間、1日も絶やさず燃え続ける炎があるそうです。お坊さんが日々、菜種油を注ぎ続けているからだそうです。油を絶たないように!ということのようです。私は「油」とはTM相当するように思われました。人生に明かりを絶やさない為に。」

なるほど……「油断大敵」にそんな深い意味が含まれていたなんて驚きました。油を注いで内なる明かりを灯し続けることは、まさに瞑想そのものです。瞑想して純粋意識という目覚めた意識を保つことが「まだ来ぬ危険を避ける」一番の方法! もしこの内なる明かりが絶えてしまったら、人生真っ暗闇で右往左往することになります。この光を絶やさないように、毎日の規則的な瞑想がとても大切ですね。
ツイッターを見ていると、マハリシの教えと相通じる「つぶやき」を目にすることがよくあります。いま日本で最も知性の高い人々が、ツイッター上で、競い合うように自分のアイデアを発信していますが、生き生きとした知性溢れる言葉に触れるのは楽しいことです。その言葉に刺激されて、私の中にも新しい発見や気づきが生まれます。そこで今日は、マハリシの言葉ではありませんが、日本のオピニオンリーダーたちのつぶやきを見て、感じたことを書いてみました。

「何十年か前に比べて、こんなにも生活が安定しているというのに、多くの人はさらに安定した生活を求めている。もはや安定への中毒だ。」

戦前・戦後の時代と比べると、今の時代ははるかに安定しています。しかし、昔と比べて、人々の心がより不安定になっているのは、文化・伝統という自然と調和して生きる生活スタイルが失われつつあるからではないでしょうか。文化・伝統が失われるとき、人々は自然と調和して生きることができなくなり、生命の基盤を失って、あらゆる変化に振り回されるようになります。

瞑想は、現代人が失いつつある自然とのつながり、自然と調和した暮らしを取り戻します。瞑想中に体験する純粋意識とは、私たちの生命を支える土台のようなものです。この安定した土台を得れば、どんな変化がやってきても、その流れにうまくのって、より大きな達成を得るようになります。

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「チャレンジとサポートの量は常に等しい。大きなチャレンジを受ける覚悟さえできれば、大きなサポートを受けられる。」

リスクをおかして新しいことにチャレンジすることが、自然からの支援を得る秘訣だ、ということですね。なんか勇気づけられます。

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「明日、自分の仕事があるかないか」は、「明日、自分の命があるかないか」に比べたら、はるかに軽い問題。けれども、日本も何十年か前は、後者の状況だった。」

昔と比べたら、今現代人が抱えている将来への不安なんて、小さなものですね。瞑想は人々を内面から強くします。そうすれば、小さな問題に心悩ませることなく、未来に大きな希望をもつことができるようになると思います。

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「人類の歴史上初めて、先進国に住む人には、好きなことを仕事にできる可能性がある。これには、本当に感謝。」

昔は、水くみ一つに何時間もかかっていた。今はそうした単純労働から解放されて、自分自身の能力を高めるために時間を使うことができます。それは現代社会に生まれてきた最大の恩恵ですね。

私の仕事は瞑想のコースを担当したり、TMのビデオを作ったり、ウェッブサイトの運営やメルマガの配信ですが、これは楽しい仕事です(仕事というよりほとんど趣味……)。好きなことを仕事にできるというのは、歴史的に見ても希なことなんですね。現代に生まれてきて本当によかった。

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「問題を解決すれば問題がなくなるというのは、幻想であり、その考え方こそが問題である。しかし、問題が見えなくなるくらい、自分を大きくすることはできる。」

「問題とは、その問題を解決することのできない無能力さから生じる」とマハリシも話しています。瞑想して、効率性や創造性が高まると、問題を解決できるようになるので、問題が問題でなくなります。疲れて視野が狭くなり、枠にとらわ始めると、そこにある答えが見えなくなるだけです。問題は私たちの頭の中だけにあるもの。「問題は実は存在していない」というのが、すべての問題への解答です。

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「弱者は許すことができない。許すことは強者の特性である。ガンジー」

瞑想すると自分や他人の過ちを許せるようになるのは、その人が強くなるからなんですね。純粋意識という至福意識を体験すると、寛容さが成長して、どんな自分でも許し受け入れることができるようになります。

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「本当のあなたの力は、あなたが大きな貢献をしようと思った時、大いなる知性があなたに与えてくれる。」

社会全体に役立つような偉大なことを行いたいと思うとき、強力な自然の支援が働くものです。常に大きな思いをもって行動したい。
TMツイッターのなかで「超越して自らの生命の本質の中で満たされた時、探していた幸福の青い鳥が実は家にいると分かる」という小林恵美先生の言葉がありました。自分が探し求めていたものが、実はすでにそこにあった、と気づくことですが、これは私たちが求めている啓発の状態にも当てはまります。

啓発を探し求めることは、メガネをかけているのを忘れて、メガネを探し求めるようなものとマハリシは話しています。そして啓発に至る瞬間とは、はっとして「自分はメガネをかけていた」ことに気づくようなものだそうです。

「啓発の状態は、すでにここにある」。なぜ私たちは、すでにここにある啓発の状態に気づくことができなのでしょうか。その理由は、認識する能力(知覚能力)がまだ十分ではないからです。そこに存在していても、それを認識できなければ、その人にとっては存在しないも同然です。

超越瞑想を学んだ最初のときから、私たちはこの啓発の状態をかすかに垣間み始めます。そして、規則的に瞑想を続けていくことで、私たちの認識能力は次第に成長していき、すでにそこにある啓発の状態(幸福の青い鳥)をより多く認識できるようになるのです。そしてそれが完全に定着した状態、それが本当の啓発です。