以前紹介した「私の帰る家」という体験談の続編です。2週間の特別コースに参加したとき、自分が帰るべき家をマハリシが指し示してくれたというお話です。

「よく来たね」
寺島裕子さん、埼玉、TM歴4年

このコースで、マハリシは何度も何度も私たちに教えてくれました。
「ここまでおいで。ここがお前の帰る家だよ。」と。

ずっとずっと長い間、自分の帰る家を探していた私は、
そう教えてくれたマハリシの中に
まるで自分の本当のお父さんを見つけたかのように感じました。

マハリシは私にTM瞑想を授けてくれました。
赤ちゃんの私はそこでハイハイができるようになりました。
次にマハリシは私にシディプログラムを授けてくれました。
赤ちゃんの私はそこでタッチができるようになりました。
そして今回、マハリシは教えてくれました。
「こっちだよ。」と。
赤ちゃんの私はとってもうれしくなって、そこへ向かってヨチヨチ歩きを始めました。

歩き始めた時、私はマハリシが本当にとてもとても長い間、
そこにいて私たちを待ち続けてくれていることに気が付きました。
マハリシは必要な時に必要なものを私たちに授けながら、
ずっとそこで私たちが辿り着くのを心待ちにしてくれているように思われました。

そして、どれくらいかかるかわからないけれど
ヨチヨチ歩きでそこに辿り着いた時、
きっと私を抱き上げて、誰よりも喜んでくれるに違いないと思いました。
「よく来たね。」と。

マハリシは、私が今まで誰にも言えなかった一番望んでいたものを
私の目の前に現実に差し出してくれたかのようでした。
彼は私に私の帰る家はどこにあるのかを指し示してくれたのです。

世界を創造する目に見えない者たちからいつも与えられ続けていた
絶対的な愛と献身と同じものがマハリシを通して私に流れ込んで来る気がしました。
私はこの世に現実に存在する人間からそんな風に愛されたことは今までありませんでした。

そう感じた時、
私の内なる世界が外なる世界にとても静かに侵食していくように感じられました。
そして、それらはまるでひとつに溶け合っていくかのようでした。
こんなことが現実に起こることはちょっとウソみたいに思えました。

とりあえず、私は家に帰ろうと思っています。
これから現実の世界に何が起こったとしても、
そこまでヨチヨチ歩きを続けて行こうかなと思っています。
たぶん、それしかできないと思ったからです。

そして家を見つけた私はなぜかとても安心しているのです。
歳をとるにつれて益々よくなる:
クリント・イーストウッドと超越瞑想

マリオ・オルサッティ 2010年5月12日

clint-eastwood.jpg上手に歳をとる人々は感動を与える存在である。クリント・イーストウッドはまさにその実例だ。62歳にして、イーストウッドは彼の映画作品「許されざる者」で初めて映画のオスカー賞を受賞した。そして、多くの映画製作者たちが信じているように、彼は歳をとればとるほど、ますます影響力を増し、よい作品を作り、驚くほどクリエイティブな成功の道を走り続けている。

イーストウッドは現在79歳である。彼が最初にオスカー賞を受賞して以来、15の映画作品を製作した。そのうち3つの作品がベスト・ピクチャーにノミネートされた。(彼の最も新しい映画「インビクタス/負けざる者たち」は2つのアカデミー賞にノミネートされた。)イーストウッドはさらに、4回もベスト映画監督、あるいはベスト俳優にノミネートされている。そして彼は自身の作品の音楽製作にもしばしば参加しているのである。

当然、彼の超越瞑想の実践がこの成功に関係していると考えたい。最近発行された「GQ マガジン」という雑誌のインタビューで、クリント・イーストウッドがTMの実践について答えている。

― まだ、瞑想を行っていますか?

イーストウッド:1日2回、行っています。

― 瞑想にはどのような効果がありますか?

イーストウッド:すばらしい効果があります。仕事をしているとき、その効果を確信します。なんであれ、他に依存することなく、自分自身でできるものを私は信頼します。瞑想によって、自分の力で自分自身を支えることができます。ですから私は40年も瞑想を続けてきたのです。

1970年代に、イーストウッドは超越瞑想の創始者であるマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーと共に、マーブ・グリフィンショーというテレビ番組に出演した。そのとき初めて、彼自身も毎日TMを実践していることを公表した。それ以来、イーストウッドは毎日のTM実習を、静かに楽しみながら続けている。

多くの人々が、長年にわたって超越瞑想を毎日実践しているが、それは驚くべきことである。なぜ人々は超越瞑想のために時間を費やしているのか…、それは超越瞑想をすることで、より生き生きとし、よりつながりを感じ、より大きな成長を維持できるからである。これらの事実は、マハリシが彼の著書「超越瞑想入門」で語っている言葉を思い出させる。

「幸福の拡大が生命の目的です。そして進化とは幸福で満たされることを通じてやってきます。」

「もし人が幸せでないとしたら、その人は生命の真の目的を失っています。もし人が知性、力、創造性、平和や幸福を継続的に開発していなければ、その人は生命の真の目的を失っています。生命とは鈍さや怠惰や苦しみの中で生きるためにあるのではありません。これらは生命の自然な本質ではないのです。」
TMのツイッターで、ある瞑想者の方がつぶやいていました。
「問題です。「油断大敵」その意味することは?」

「油断大敵」って、油断すると失敗するから、失敗しないようにいつも油断してはいけない……ということ? でも失敗しないようにいつも気を配っていたら疲れるだろうに、と感じました。

そういえば、瞑想を始めてから、一生懸命気を配る、ということをしなくなってきました。あれこれ心配しなくても、必要なときには必要な考えが浮かんで、時をえた行動がとれるようになってきます。つまり、瞑想して目覚めた機敏な意識を保っていれば、リラックスしていても、問題が起こる前にそれに気づいて、大事に至らずにすむ、ということです。

普通は、気を抜くと注意が散漫になって失敗する、だから気を抜いてはいけない、と考えられています。だから、いつも気を張っていなければならず疲れてしまう。でも瞑想していると、リラックスしながらも目覚めた状態が保たれるので、失敗を未然に防ぐことができます。これなら疲れません。

瞑想している経営者の方がよくおっしゃいます。「最近、問題が大きくなる前に何かしらサインがやってくるので、それを未然に防ぐことができる。だから前のように、いろんなことに気を配って心配する必要がなくなり、すごく楽だ」と。

瞑想中に体験する純粋意識は「安らぎに満ちた機敏さ」の状態であると言われます。純粋意識を体験しているときには、安らいだ状態と機敏な状態という相反する状態が同時に維持されているのです。瞑想によってそうした状態が次第に定着していきますと、どんなに安らいでいても、機敏な状態でいられるようになります。

さて、質問をされた方のその答えは、とても深遠なものでした。

「油断大敵とは、比叡山延暦寺に 300年間、1日も絶やさず燃え続ける炎があるそうです。お坊さんが日々、菜種油を注ぎ続けているからだそうです。油を絶たないように!ということのようです。私は「油」とはTM相当するように思われました。人生に明かりを絶やさない為に。」

なるほど……「油断大敵」にそんな深い意味が含まれていたなんて驚きました。油を注いで内なる明かりを灯し続けることは、まさに瞑想そのものです。瞑想して純粋意識という目覚めた意識を保つことが「まだ来ぬ危険を避ける」一番の方法! もしこの内なる明かりが絶えてしまったら、人生真っ暗闇で右往左往することになります。この光を絶やさないように、毎日の規則的な瞑想がとても大切ですね。