入学おめでとう。


3週間ぐらい前まで君は、卒園を寂しがっていた。

この1週間は入学を楽しみにしていた。

昨日は「1年生になるんだ~」ってはしゃぎまわっていた。

今朝は、慣れないネクタイ姿で「ドキドキする」と言っていた。


とりわけ大きく見える学校指定の黄色いランリュックを背負い、

「行ってきまーす」と手を振る姿は、

もう『園児』ではなく、『児童』に見えた。


生後、間もなく、家ではなくて、

念のためとはいえ、NICU(新生児集中治療室)に運ばれた君が、

今日まで大きな事故も、怪我も、病気もなく、

健やかに育ってこれたことを心から嬉しく思っている。


けれど、それと同じぐらいに、

君が小学生になることに、

君の前歯がぐらぐらし始めていることに、

寂しさ、切なさ、不安も感じている。


子供の祝い事のほとんどは、

親にとっては喜びと寂しさが半分半分なのだろう。


そんな感情も君がいるおかげで味わえる。


これから君は勝ったり負けたりする。

一番になったり落ちこぼれになったりする。

怒られたり褒められたりする。

喧嘩したり仲直りしたりする。

恋を知ったり失恋を味わったりするもだろう。

殴ったり殴られたりするかもしれない。

無視したり無視されたりするかもしれない。

いじめたりいじめられたりするかもしれない。


殴ったり、無視したり、いじめたりするなというのは簡単だけれど、

もちろんしないで、されないで、生きていければそれが一番だけれど、

そして親たちが最も恐れているのは、心配しているのは、

そういう場面なのだけれど、

もしもそんな立場に立ってしまったときは、

限度をわきまえなさい。

やりすぎないこと。

我慢しすぎないこと。

そして君のことを愛する僕たちを思い出し、

相手にも同じ存在がいることを思い、

月並みだけれど、優しく強く育ってください。

そして君はいつも一人ではないことを忘れないでください。

まわりの人たちへの感謝の気持ちを忘れないでください。


僕の見てきた世界は、光と生命に満ちた美しい時もあり、

抜け出せないような暗闇と泥濘(ぬかるみ)に覆われた時もあった。

だから、君の門出を、

これからもいつも手放しに喜ぶことはできず、

半分半分の気持ちで迎えるだろう。


それでも、今日のように、

君がこの先の門出も無事に健やかに迎えられることを、

本当に心から願っている。


甘ったれの君が、6年後には一丁前に反抗期を迎えているのだろうか。
TMのHPリニューアル完了。
今までの黒基調が怪しげだとのことで(^_^;)
白基調に。

合格速報もUP。


今年は京都大学(工)〔TM歴5年〕の合格者出ました!

地元の公立高校から
大阪府立大学(地域保健)〔TM歴4年〕、
京都府立大学(生命環境)〔TM歴1年半〕
の合格者も出ました!

私大も立命館〔生命科学〕〔TM歴4年〕の合格者が出ています!

TMゼミがこの4~5年、確立しようとしてきた

『公立中学→公立高校 ✖️TMゼミ』
→国公立大&関関同立レベルの私大

の図式。

この図式を描き、取り組み始めてから今年が最初の受験生たちでした。

1年目からはっきりとした結果を残してくれました。

これは私たちにとっても、大きな自信となります。

中学から高校入試を経て、大学入試までTMゼミに通い続けてくれること、そのことに本当に価値があると自信を持って言うことができます。

TMゼミは大手のような大きな塾ではありません。

通ってもらえる塾生の数にも限りがあります。

だからこそ、信頼して通ってくれる塾生の思いや保護者の方々の期待には何としてでも応えたい、そう考えています。

そうすることで、乙訓地域の学力や難関大への進学率の向上に少しでも貢献し続けていきたいと考えています。

センター試験が終わり、私大入試が始まり、

私立高校入試、公立高校入試前期選抜が迫っている。


受験生一人一人について、

志望校、倍率、到達状況、精神状態等、

さまざまに思いを巡らせる日々。

(30代後半になっても肌荒れする日々・・・(;´Д`))



「自分の人生は自分で決める」べきだと思う。

ただ「自分の人生」は「自分一人の人生」ではない。



たとえば、僕が、塾生のことを考えている時間があるとすれば、

そのとき、その塾生は僕の人生の一部になっている。

彼/彼女は、そんなこと知らなくても実際に僕の人生に関わり、

僕の感情に働きかけ、僕の行動を左右する。

だから、僕は僕で「自分の人生」として彼/彼女に話をする。

立場上、アドバイスや忠告と受けとられることになるだろう。

僕は「他人の人生」をどうこうできるとは思っていないし、

そうしようとも思っていないし、むしろ、

皆それぞれに「自分の人生」を自分で決めてもらいたいと思っている。

かと言って、何も口出ししないとなると、

僕にとっての「自分の人生」を他人任せにしてることになる。

人とかかわる仕事全てにおいて、こうした葛藤が多かれ少なかれあると思う。



仕事においてだけではない。

子供の人生、子供の決断に対して、

どこまで関わるべきか(口出しすべきか)、

悩まない親はいないだろう。

親にとって、子供の人生はまさに自分の人生の一部だからこそ。



一方、子供は、

「自分の人生」は自分で決められるはずなのに、

なかなかそうもいかないことにストレスを感じることもあるだろう。

でもそれはよく言われる(僕自身学生時代によく言われた)ように

「子供だから」「未成年だから」「学生だから」

ということではなく、

ただ、「自分の人生」が「自分一人の人生」ではないからなのだろう。

「自分の人生」が多くの人の人生の一部であり、

また多くの人の人生が「自分の人生」の一部だから、

不自由さを感じたり、苦しむこともあるが、

限りない喜びもある。


受験も一人で戦っているようで、そうではない。

親・家族も、ともに戦っている。

どこまで口を出そうかと葛藤しながら戦っている。

塾の講師も、学校の先生も、仲間たちも。

だからこそのプレッシャー。

それも全部ひっくるめて受験。

最後まで受験を戦い抜くことで得るものは大きい。

人生の大きな喜びの一つを受験生たちには味わってもらいたい。

その大きな喜びをともに味わえることが、

僕の仕事の最大のやりがいだろう。

心から受験生たちの健闘を祈るとともに、

これから受験を迎える塾生と、

最後まで共に戦いたいと思っている。