納豆汁と鯵の壱夜干し 48
不謹慎ないしは、不遜な話して恐縮であるが、生き
るに倦むと言うことが、ありはしないだろうか。
生きるということは、食事をすることであり、仕事をす
ることでもあり、笑うことでもあり、怒ることでもあり、恋
をすることでもあり、本を読むことでもあり、映画を観る
ことでもあり、だれかさんとおしゃべりをすることでもあり、
音楽を聴くことでもあり、思索をすることでもあり、買い物
をすることでもあり、そのたくさぐさの行為をすることなの
だが、ふと何の為に生きているのか疑念がわき、答えに
窮することがある。
生きることは、手段ではない。生きろことこそ目的なのだ、
いう答えがあるだろう。方や、家族の幸福の為に生きて仕
事をするのだ、という答えもあるだろう。そうだとすると、家
族の幸福って何なんだろう、という疑問が髣髴とわく。幸福
って主観的なものだから、個人個人で異なるにちがいない。
おしなべて言えば、心の平安ともいえるものではないのか。
こうして時々生きるに倦んで、生きるこをを考えてみる。よ
りよく生きる、ってどういきることなんだろうか。