びわ 266
こんなことがあった。
もう、ずいぶん昔のことである。
暑い日だった。
ぼくは、道頓堀を歩いていた。
たしか、映画のスティングを観た帰りだった。
中座の近くにある古本屋に立ち寄った。
店名は失念した。
けっこう有名な店で、織田作之助もちょくちょく
寄ってたらしい。
いちど新聞で、店主が暴漢に襲われたと出ていた。
店に入り書棚を見ると、いきなり欲しかった本が並
んでいた。前編・後編、二巻である。
書名は、東国の人びと、著者は村上一郎である。
値段は、各2400円とある。当時としては高価な本
であるが、古本だから、当然安く手に入った。
本は、ぼくにとって食事と同等のかけがえのないも
のであるが、読みたいと思っても、かなうことができな
かった本が、見つけて、手に入れたことほど嬉しいこ
とはない。
ちなみに、著者の村上一郎は、ぼくが東国の人びと
を手に入れた、数年前に割腹自殺をしている。