雪だるま 104
初鶏や上海ねむる闇の底 久保田 万太郎
いやあ~、今日もさながら春のごとく、ひねもす読書と惰眠を
貪りました。なべて世はこともなし状態で、はなはだ緊張感があ
りませんので、いよいよ退屈は極まれり、とった按配ですが、こ
のようにだらだらと時間が過ぎていくのは、精神衛生上はあまり
よろしくないのではないかと愚考いたします。なんだか時間がの
っぺらぼうになっていく感じで、あまりにも毎日が、金太郎飴を切
ったような生活で、時間を刻んでいる実感が乏しいと言わざるを
得ません。祝日と言ってもなんら生活に変化が生じず、はて何の
祝日の日かと首をひねる始末で、いやはや世辞に疎いことはな
はだしい。村祭りなんかも、いつの間にか消えちゃいました。これ
はいつのまにか、村落共同体が崩壊した証だと思います。共同体
が現存するならば、村祭りはおこなわれるはずです。今や、共同
体は会社や、学校、宗教団体にしか機能していません。官僚組織
も共同体になっていますね。
アメリカの会社は、共同体ではありません。あれは機能集団に過
ぎません。会社と契約して、その契約内容を果たす為に労働をして
いるのであり、いやならさっさとやめますし、条件のいい会社に転
職することに、なんら倫理的なブレーキは作動いたしませんが、共
同体になってしまう日本の会社は、会社における人間関係が濃密
に成り、私生活までも、会社の人間関係が及んできます。
また、機能集団たるアメリカの会社では、もし会社が公害などをだ
すと、従業員に告発を奨励しますが、日本のように共同体になって
いれば、共同体の利益を優先し、告発などをしようものなら、会社
ではいられません。