門松 31
大根引く男か女か山の暮 森 澄雄
朝は、少々ねむいけど、さわやかな心もちになるのも事実です。
ぼくは嫌いじゃないです。むしろいいんじゃないかと思っています。
と云いながらも、いいも悪いもない、不都合があっても時間は過ぎ
ていきます。と言うことは次第に死に向かって進んでいっているの
でしようが、そんなことを意識して生きていくのは、はなはだ不快と
云わざるを得ません。しかし死にたいする心がまえをすることも肝
要ですので、時折、死を意識することも大事なことと言わざるを得
ません。
さて、本日なにをなすべきかは、いまだ判然といたしません。判
然としなくても、無常にも時は過ぎていきます。時間は、ぼくの都
合など一顧だにいたしません。確かに、時間が一人ひとりの人々
の都合で、ゆっくり経過したり、あるいはまた急いで経過したので
は、社会に混乱をもたらすので、それはそれとしてやもうえないこ
となのでしょう。
唐突ですが、何かほしいものがありますか?ぼくは、全くないの
です。これってなんだかおかしいことなのでしょうか。こんなことは、
ぼく個人の心理的、あるいはまた生理的事情でそうなっているの
なら、そいうことかと納得いたしますが、これが社会的な現象なら
ば、看過しがたい現象ではありますまいか。この現象が社会の成
熟と云えるのか、あるいは病的症状なのか、いかがなものであろ
うか。一考を要するものと愚考する。