門松 21
朝の日に映えて七日の富士白し 北川 陽
そのころ、ラジオで九千五百万人のポピュラーリクエストと言う
番組があった。ポピュラー音楽好きの人気番組だったが、ぼくも
よく聴いていた番組である。その番組に、いきなりレーのビートル
ズが現れ、上位を独占すると言う椿事がおこった。
ぼくはまだ、引かれながらもビートルズを受け入れるか、拒否
するかを決めかねていた。おそらくは、ビートルズのフアンを名
乗れば不良のレッテルを貼られることは間違いない。それに甘
んじれるか否かが問題なのである。毒饅頭を前にした犬の心境
であった。
あのころは、ビートルズの曲が立て続けに紹介された。抱きし
めたい、プリーズ・プリーズ・ミー、ラブミー・ドウ、シーラブズユー、
アイソーハ・スタンデング・ゼアーなどで、ぼくは打ちのめされて、
ビートルズの軍門に下った。こんなに素敵な音楽を楽しめるのな
ら不良と呼ばれようと、変わり者と言われようとかまうもんか、そ
んな気持ちで聴いたから余計にスリリングだし、危ない経験をし
ているのだという痺れるような、そしていよいよ大人の世界に入
って行くんだな、という感じがした。
こんなことを書くと、なんと大げさなと言う顰蹙をかいそうだが、
たしかに今では、ビートルズは音楽の教科書にも出てくるらしい
が、ぼくにとっては、いつまでも不良の音楽であってほしい。そし
て、ぼくじしん、いつまでも終生不良であり続けたいのだ。