門松 12
水まぶし一切れ間なき四日の橋 大井 雅人
今年の正月は、近年まれに見る平凡なそれでした。テレビは、
ほとんど見ませんでした。ときどき、BSの山とか、狼などを写し
たものを見たくらいです。紅白は一切見ず、朝までテレビも一顧
だにせず。テレビを見ないのもいいもんですね。以前、書店に
積まれていた、後藤田正晴の書いた本を、ぺらぺらと流し読み
していたら、わたしはテレビを見ない、見ると腹が立つだけだ。
見るのは教育テレビだけである。と書いてあり、そうだそうだと
同意したことがありました。
明日は土曜日、はてなにをしようか。なにもすることがありま
せん。なにもすることがないって詰まんないです。かといって無
理に何かをしたいという気にもなりません。ぼくに出来ることは、
ただひたすら読書のみですね、潰さなければならない時間があ
るとすれば、ぜんぶ読書に使います。命には限りがありますが、
読むべき本は無数です。絶対に、我が家に存在する、あまたの
本を全部読了するのは不可能でしょう。もしそんなことが出来た
としても、現在のぼくと、いかほどの差異が生じているでしょうか。
ほとんど同じだと思います。しかるになぜ、本を読むのでしょう
か。ぼく自身への投資なのでしようか。よりよく生きるがためでし
ょうか。つまらない人生を送りたくないがためでしょうか。でもいく
ら読書をしても、よりよく生きている確信がもてない。さなぎだに
ますます読書にのめり込む。業といわざるか。