独り言   12月25日-1-74-844 | はなのブログ

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野良猫     844
    熟睡して子の白息も年を越す    森 澄雄
 
生きるに飽きるということはある。これはあなどれないことであ
る。まさに死にいたる病である。
 ぼくのような仕事は、はなはだ時間との戦いである。おおくの人
が無聊にとまどい敗北をしてしまうのだ。これを克服するにはなさ
ねばならぬことをたくさんつくることである。いわゆる多忙ににする
ことなのである。どうしても暇が出来ると退屈になってくるので、意
識してなさねばならぬ用事を沢山つくらなければならぬ。そうすれ
ば倦むことから解放される。
 しかし人間は、本来なまけものである。できるだけなにもしたくな
いという傾向が顕著だ。なにもしなければ退屈になる。退屈に耐え
られずギャバクラにいく。あるいは博打にいそしむかもしれない。も
しくはゴルフを楽しむであろう。これは悪いことではない。ただし溺れ
無い限りであるが。
 とある作家が、無人島に六日間暮らすという企画があり実行され
た。彼は、さまざまな中毒がある。仕事中毒、アルコール中毒、たば
こ中毒などであるが、とても耐えられないと誰もが予想したが、なん
と彼は、全ての中毒から自由でいられた。なぜなら、忙しかったから
である。無人島であるから、自ら生きるになさねばならぬことが多く、
いわゆる多忙により、疲れ果てて、読書をしたり、お酒やたばこを楽
しむ暇がなかったのである。ようするに退屈は、なさねばならぬ事が
あれば解決できる病気なのである。へへへ