柿一個 730
野路の秋わが後ろより人や来る 与謝 蕪村
ノブレス・オブリッジの意識は、じつに、自己の特権を正当なも
のと認め、これを一般に誇示し、世間もこれを認める、ということ
からはじめて発生する。
ノブレス・オブリッジを欠いた非公認特権階級からは、例えば
ソビエトのノーメンクラトゥーラや、中国の太子党、はたまたわ
が国の官僚群のような、汚職意識しか生まないであろう。特権
階級の倫理規範は、ほどなく社会全体にみなぎり、特権階級
が大きな汚職をすれば、一般人民は小さな汚職をするようにな
り、社会全体は、汚職のネット・ワークで結ばれる。
ソ連の階級構成には、もう一つ、救いがたい致命的問題があ
る。それは、富も名誉も権力も、みんなエリート階級が独占して
まっていることである。こんなときに、社会は一番危ない。
歴史的にみても、富も名誉も権力も、ひとにぎりの貴族が独占
しているときに、革命が起きやすい。
これが日本になると、どうしても革命が起きようがない。徳川参
百年、社会は大きな矛盾をかかえ、一揆や打ち壊しがどんなに
激しくなっても、幕藩体制は、びくともしなかった。明治維新のと
きさえ、徳川家も大名も貴族として生き残り、封建の余弊はその
後も永く日本人を呪縛する。
徳川時代は、富と名誉と権力を、まったく異なる階層が分有し
ていた。富は町人、名誉は公卿、権力は武士である。武士は、富
ということに関しては、町人にくらべると、あわれなもので、大名の
家老といえども、魚などめったに食えなかった。これに対し、商人
の番頭などは二、三日にいちどぐらい喰えたそうである。しかし、
威光ともなるとまったく逆で、大財閥の当主といえど、どんな下級
武士よりも下であり、言葉使いからあらためなければならない。