豚のしっぽ 647
太陽の眼や影もなく澄みにけり 高屋 窓秋
今日は午前10時に取引である。どうしたんだろう、以前ならギ
ャラが入るので気分がよかったのが、どうしたのだろうか全くうれ
しくない。ぼくのなかで何かへんかがおこっているのであろうか。
わからない。でもおかしい。感激がなくなったのだ。これははたし
ていけないことなのであろうか。スポーツがおもしろくない。なにも
感激がない。これはちょっといけないことではないのか。そういえ
ば感激しなくなってずいぶん久しい。以前感激したのはいつのこ
とだろうか。おもえば高校生のころ東京から従兄弟が遊びに来た
おり、鴨島の映画館で、つまりその成人映画でしたけれど、その
映画で若尾文子の太ももをみたのが、ぼくの最大の感激でした。
それいらい感激らしい感激はありませんね。若尾文子のふともも
が人生最大の感激なんて、じつになさけないことである。もっと文
化的な、なんというか高級な感動があればいいのだけれど、ない
のだからしかたがない。でもあの映画の若尾文子のふとももはほ
んとうにきれいだった。ぼくもおおくの女の人のふとももを見てきた
ように思うけど、あんなにショックをうけたふとももはない。今でも
若尾文子のふとももはあんなに綺麗のだろうか。もしも若尾文子
がぼくのブログを見ているのなら、連絡をもらえないのだろうか。