豚のしっぽ 645
生活の氷柱は青く背をつらぬく 富澤 赤黄男
きょうは終日雨だった。秋の雨をなんて言うんだろうな。まさか
驟雨じゃないだろうね?なんだ辞書で調べたら驟雨は夕立だっ
た。いやはやぼくは、実に言葉をしりませんね。ぼくが書いたり、
しゃべったりしている半分は、おそらく間違っているようなきがす
る。おお怖!そういえば、ぼくは読書に倦んだときなど、ちぃと気
分転換に俳句や短歌を読みますが、これがほとんど意味が解
せない。一ページに12句ほど並んでいますが、漢字が読めな
いのをふくめて、ほぼこういう意味だろうとおもえるのが2句ほど
だね。あとはなんのことやら、ということになるのだが、このわか
らないというのがいいんだな。謎ですよ。女もそうですけど、謎の
部分があるほうが、なんだか神秘的でいいもんね。判ってしまえ
ば興ざめですよ。
みなさん、芭蕉の有名な句、古池やかわずとびこむ水のおと、
って言う句は誰でもしっているよね。あれはどういう意味だか知っ
ています。ふつうは、古池にかえるが飛び込んで、ほちゃんと音
がきこえてきたと言ういみにとりますでしょう。しかしちがうんです。
かえるが飛び込んだのは水ですけれど、古池かどうかは不明で
す。なぜなら、もし古池にかえるがとびこんだのであれば芭蕉は、
古池にかわずとびこむ水のおと、と詠んだでしょう。こうなると作品
世界が狭くなりつまらなくなります。古池や、のやの字を切れ字と
いい、いったんここでイメージを切断します。そしてその後に、中七
と下五を結びつけることによりイメージをふくらますんですな。映像
の世界にちかいですな。小津安二郎の世界は広重と俳句の世界
と言う人もいます。