豚のしっぽ 635
母も死に子も死に河がながれてゐた 高屋 窓秋
今日は10月14日です。オータムだすな。わい英語できまんねん。
ちょっとでおますけどな。通信教育で勉強したんだ。人間勉強せな
あきまへん。一生勉強だんがな。無知では生きていけまへん。ちょ
うど、車で道路を走るのに免許を取らずに道路を走るようなもんです。
ルールを知らずに走ると事故になります。事故をおこせば相手も本
人も怪我をするかも死ぬかもしれません。しかし、勉強したからとい
って、全く事故にならないかと言えば、そうでもありません。まぁ、事
故にをおこす可能性が少なくだけです。だからといって勉強が無意
味ではありません。まず勉強をすると自己が無知であるということが
しみじみ思い知らされます。これが大事なことなのです。ほとんどの
人が自分ぐらい物知りはいないとうぬぼれていますが、ほんとうは人
間はおおむね無知です。東京大学の法学部を出ていても、官僚や政
治家をみるまでもなく無知な人たちです。本人達はおそらく頭がいいと
おもっているでしょうが、まちがいなく無知です。頭がいいと思っている
ことが無知なんです。無知と自覚があれば勉強をしようとおもうでしょ
う。思わない人は自分が無知である自覚が無いのでしょう。無知であ
るとは恥ずかしいことです。自分に対して恥ずかしいのです。そして
知らないことを知るということは、じつに楽しいことです。宇宙の全て
をしることはできませんが、ひとっひとっ知らないことを知るということ
は、何にも代えがたい喜びです。では!