独り言   9月20日-2-29-573 | はなのブログ

はなのブログ

ブログの説明を入力します。

梨と支那     573
  涙じゃないのよ  浮気な雨に  ちょっぴりこの頬  濡ら
しただけさ  ここは地の果てアルジェリア

 日本人にとって、仕事とは如何なるものであるか、かねてより
疑念があった。
 小生も、学校を卒業以来、職業は何度か変わったが、仕事そ
のものはずっと続けている。知人の中には、失業保険をもらい、
のんびりしなきゃ、と言う奴もいたが、小生はそれが出来ない。
職場がないと不安でいたたまれない気分になるのである。
 かと言って、まじめな仕事好きというのでもない。いやな仕事
もしてきたし、小生より何倍も働いている人も知っている。
 幸い現在は仕事をしているが、いつ失うかと言う不安がある。
生意気なことを言うようだが、お金の問題ではない。仕事を失う
と、社会とのつながりが喪失してしまうのではないか、と言う恐れ
である。
 本日、いつものごとく読書をしていた。著者は岸田秀の哀しみと
いう感情と言う本である。この本を読んでいるうちに積年の疑問が
氷解したのである。
 そもそもキリスト教の欧米では神との関係で個人の自我の位置
づけが決まる。そして、労働は、聖書の楽園追放の物語にあるよう
に、神に逆らった罰であり、近代の労働は、ウェーバーが説くように、
神への奉仕を起源としているが、会社が共同体である日本では、個
人は、会社に勤めた場合、労働を介してこの共同体に自我を関係づ
けることによって自我を位置づけ、安定させることになることが多い。
したがって、日本人と欧米人とでは会社とか労働とかの意味が異な
るのである。