西瓜と夏みかん 483
ドイツの社会学の泰斗・マックス・ウエィバーは、次の
ように述べている。優秀な官僚は、政治家としては不向
きだ。これはどういうことであろうか。
官僚という職業は、まず現状維持を求める。変化を好
まない。しかも前例主義である。前例のないことをするこ
とを忌避する。利益という発想がない。そして責任をとら
ない。官僚が政策の失敗で責任をとらないのは、あれほ
ど、安全だ安全だ、といっていた原発事故で一人として
責任を取らないことで証明されている。
それに反して、政治家に求められる能力は、前例主義
にとらわれず、初めてのことでも果敢に挑戦すること。早
い決断と行動。現状維持では社会が倦むので改革を行
うこと。そしてその結果にたいして責任をとること、などで
ある。
したがって、官僚が権力をもつと変化を避けて、既得
権益を守ろうとする。現下の政治状況は正にこの状況な
のである。何もかも変えるというような公約をしながらも、
まにもかも元のままになってしまった。これこそが政治家
が権力を握らず、今だ官僚が政治を動かしている証左で
ある。
望むべき政治は、政治家が権力を握り、官僚が補佐
する政治であるが。明治以来の官僚政治で、政治家が
卑屈になり、官僚の手下にあまんじる習性が根付いてし
まったのであろうか、それとも、あまりの官僚の知力に、
政治家が恐れおののいているのであろうか。いずれにし
てもこのような政治の社会を生きる国民には迷惑な話だ。