独り言    7月2日-2-3-483 | はなのブログ

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             西瓜と夏みかん     483
 
          ドイツの社会学の泰斗・マックス・ウエィバーは、次の
         ように述べている。優秀な官僚は、政治家としては不向
         きだ。これはどういうことであろうか。
          官僚という職業は、まず現状維持を求める。変化を好
         まない。しかも前例主義である。前例のないことをするこ
         とを忌避する。利益という発想がない。そして責任をとら
         ない。官僚が政策の失敗で責任をとらないのは、あれほ
         ど、安全だ安全だ、といっていた原発事故で一人として
         責任を取らないことで証明されている。
          それに反して、政治家に求められる能力は、前例主義
         にとらわれず、初めてのことでも果敢に挑戦すること。早
         い決断と行動。現状維持では社会が倦むので改革を行
         うこと。そしてその結果にたいして責任をとること、などで
         ある。
           したがって、官僚が権力をもつと変化を避けて、既得
         権益を守ろうとする。現下の政治状況は正にこの状況な
         のである。何もかも変えるというような公約をしながらも、
         まにもかも元のままになってしまった。これこそが政治家
         が権力を握らず、今だ官僚が政治を動かしている証左で
         ある。
           望むべき政治は、政治家が権力を握り、官僚が補佐
         する政治であるが。明治以来の官僚政治で、政治家が
         卑屈になり、官僚の手下にあまんじる習性が根付いてし
         まったのであろうか、それとも、あまりの官僚の知力に、
         政治家が恐れおののいているのであろうか。いずれにし
         てもこのような政治の社会を生きる国民には迷惑な話だ。