独り言    5月22日-4-72-411 | はなのブログ

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                鞠と猫     411           
 
        小学生の頃、御多聞洩れず、ぼくは野球少年だった。し
       かも なんと巨人ファンだったのである。今になっては信じ
       られぬこと であり、その後学ぶことがあり宗旨を変更して
       アンチ巨人になる 羽目に陥り、現在たるや、野球はおろか
       スポーツ一般が無関心 になってしまっている。つまり、心
       を開いてスポーツを楽しめない ほど捻くれてしまったので
       ある。嗚呼、何たることか。 話がちと横にそれた。巨人ファ
       ンだったころの話である。 今から思うと、まだテレビを買っ
       ていなかったのか、ラジオで ナイターを聞いていた。レー
       の長嶋の天覧試合のさよならホーム ランも聞いて、欣喜
       雀躍と喜んだ。なにしろノートにしく下敷きさえ 高価な長嶋
       の写真入を使っていたくらいだった。
         放送は四国放送ラジオが、読売りから電波を融通しても
       らって いたんだと思うが、コマーシャルになるとジャズが流
       れるのである。 これは、今から想像するに、コマーシャルを
       買う企業が徳島になか ったので、その埋め草に、ジャズの
       好きな社員が四国放送ラジオに いてかけていたのであろう。
        そのころ少年のぼくはジャズなる音楽に無知なるゆえに、た
       だた だ何であるか判明できずにいぶかしんだものである。 そ
       の後二十歳過ぎに、ジャズに出会い、ぼくの労働のわずか
       な賃 金は、ほとんどがジャズレコードに変身してしまい。家
       族ははなはだ 迷惑だったであろう。仕事からの帰途、かなら
       ず、今は無き徳島レコー ドの地下におり、かたっぱしにレコー
       ドを買いあさった。ある日も、いつ ものように、十枚ばかり買っ
       て、さっそくかけてみたら、なんと昔、ナイタ ーで、コマーシャ
       ルの埋め草にされていたジャズが、ぼくの部屋に流れ だした
       ではないか。それはウエス・モンゴメリーのフルハウスだった。          
        ぼくは、なつかしい旧友に再会したのであるーー