鞠と猫 410
確かに娯楽が多様になったことは、ぼくの周辺を周辺を
見渡すだけでもなく、疑うことのできぬ事実と言わねばなら
ぬ。
ぼくの子供の頃は、小学校から帰ると、小さい頃はかくれ
んぼや、なわとび、石蹴り、すもう、小川での水遊び。少し
大きくなれば、夏休みは吉野川に毎日泳ぎに言ったし、冬は
焼き芋をしたり、雪が降れば、雪合戦や雪だるま作って遊ん
だもんだ。外が寒いとすごろくや、はさみ将棋をよくした。
野球は、初めの頃はソフトボール、五年生ぐらいから軟球
であそんだ。遊ぶのは近所にある神社で、学校が終わると
自然にここに集まって、人数が足らなければキヤッチボール
しても楽しかった。
マンガもおおきな娯楽だった。ぼくは少年という月刊誌を取り
読み終われば、他誌、少年画報や冒険王を取ってる友人と貸
し借りして読んだ。
テレビが家に入ってから、子供の娯楽の中心は、勿論テレビ
になった。ぼくはシャボンダマホリデーが楽しみだった。歌も洋
曲だったし、ダンスも斬新だったし、クレイジーのギャグに腹を
抱えて笑い転げた。映画はまだまだ高嶺の花で、夏休み、冬休
みの折に、徳島の親戚に遊びに言ったときに、小さいときは東
映のチャンバラ、中学生になってからはOSグランドという洋画
専門の映画館に行き、ジョン・ウエインやジームス・ディーンを知
った。
こう書いてくると、今の子供たちの遊びに比し、隔世の感があ
る。現下では、近所の神社や吉野川で子供が遊んでいるのを
見たことがない。寂しい限りである。