_ 鞠と猫 359
分断して統治する。これは覇権者の要諦であることは
古今東西必定である。このことは東西本願寺の分裂で垣
間見ることができる。
事の起こりはこうだ。織田信長を一向一揆でてこずらし
た本願寺十一世宗主顕如が逝去した。享年五十歳であっ
た。
本願寺では顕如の惣領である教如が跡を継ぎ十二世
になった。
ところが、顕如の未亡人である如春尼からまったがか
かり、遺言状があるからと顕如の末子准如こそ正当な後
継者だと異議が出て、当時の天下人秀吉の裁定で教如に
決まった。
その後、関ヶ原後に天下をとった家康から、現在の京の
烏丸六条の地に広大な寺地を教如に贈られ、新たな本願寺
を立てた。それが真宗大谷派(東本願寺)である。
一方の秀吉の庇護の下にあった浄土真宗本願寺派(西
本願寺)との確執は今に至るのである。かってあれほど信長
や秀吉を悩ました本願寺の勢力も、家康の狡猾な分断工作
に屈し、おのずから反抗のエネルギーは東西本願寺のいが
み合いに費やされた。