_ 鞠と猫 321
日常と言うものは、はなはだ退屈で平凡な、なんでもな
いさまで、ときめきなんかはありえない、実に欠伸ばかりが
立て続きに出る平和な時間である。そういう時は、人は概し
て倦んで、ことさら生命の危険を顧みず、危険なスポーツや、
肉体のみならず精神のスリルを味わうべく賭け事にのめりこ
む。さすればカタルシスを覚え、倦んだ生活から一時の脱却
感を味わうことができる。どうも人間は退屈から逃れることが
えきるなら、全財産を失っても、あまつさえ生命の危機を生じ
ても懲りない生き物らしい。桑原々々。
五月の連休は不動産業は上がったりだ。みんな家庭サー
ビスで行楽地に出かけるので、不動産を探しに来る珍客はい
ない。これは不動産業界の常識なのである。売出しをしても
野良犬が後足一本あげて、旗に小水をかけるだけで、人の
気配は皆無なのである。だからばかばかしいので連休は不
動産屋は全員休む。ただ業界にへそ曲がりが一匹いて、客
が来ないにもかかわらず現場にいて客をまつのは、かく言う
ぼくなのだ。