独り言   4月25日 | はなのブログ

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         驟雨と毬   16

 昨夜はおでんだったので、今日のお弁当のおか

ずのなかにダシのよくしみたゆで卵が入っている

のは必定、こんな日は昼食の弁当の蓋をあける

のがたのしみである。思いのとうり入っていれば

ゴキゲンだが、ときおり誰かが食ったのか姿が見

えないことがある。そんな時は脳漿に悲しみがよ

ぎる。そういうぼくを俯瞰して眺めやれば、あまり

器の卑小さに情けない心持につつまれてしまう。

 歴史を思い浮かべるまでもなく、世の中には自ら

の命を顧みず、世のため人のため損得を度外視

して行動する豪胆な人たちがいる。社会が危機を

迎えると必ずそういう人たちが輩出される。平和

な時代はそういう人たちの活躍する場がないので、

いるのかいないのかはわからない。時代がステー

ジをつくるのである。

 ぼくが、ぼく自身を観察するならば、およそ晴れ

がましい時代の寵児には不適格で、落語にでてく

るはつっあん、くまさんの類であろうことは自明で

ある。そのことを恥じる気持ちはいささかもありま

せん。ぼくの家系は先祖代々名もなき大衆であり、

偉い人が一人もいないのが自慢である。