驟雨と毬 5
ぼくのことは勘定にいれないとして、ぼくの周辺を
見回して、見合い結婚と恋愛のそれとを比較するな
ならば、断然恋愛のほうが離婚に至るほうが多いよ
うに見受けられる。これはどうしたわけなのだろうか?
つらつらおもんばかるに、お見合いの場合はある
種の覚悟と言おうか、断念と言ってもいいのである
が恋愛感情がわく以前に結婚の決意をするので、
過剰な期待感が稀薄なのに対して、恋愛結婚は錯
覚の情熱が過剰なので失望との落差が大きすぎる
ので嫌悪感もまた大きく感じられるのであるまいか。
恋愛感情なるものは幻想いがいのなにものでもな
いのと、人間には飽きるという厄介なものがありどん
な美形にも、いかなる美食にもうんざりしてしまうので
ある。そこにはどうしても忍耐の一事が夫婦の接着剤
として不可欠になるのである。
この飽きるという感情と嫉妬心がなければ社会はど
れほど円滑に収まるのであろうか。されどぼくらごとき
の貧相な脳髄では地の果てまでもの思考をめぐらす
にはためらいがあるし、不可能の一言んに尽きる。飽き
と嫉妬のなき社会が、あるいは味気なき社会であるか
もしれない。人間はそちらのほうの社会のほうこそ生き
るに耐えられぬのかもしれない。さて、いかに。