驟雨と毬 1
秋空は高く、心は物悲しい。物悲しいから人恋しく
なって手紙なんかを認めたくなる。これは感傷がな
せる技なので、手紙をもらったほうは嬉しい反面ちょ
つと迷惑な心持になったりしてしまう。凡て秋と言う
へんてこりんな季節のイタズラなのだ。
四季折々と言うけれど、季節が四つあるというのは
実に素晴らしき神の配剤で、おおすぎもなく、またすく
なすぎもない。これが10もあれば着るものの出し入
れが忙しく、箪笥もひとさおではたりぬことになってし
まう。
毎日々よくも飽きずに生きられるものと思うが、これ
がまた不思議なもので、同じような日々をおくっている
ようで微妙に異なるのか、同じ日々のようでさに非ず。
よく思い返してみれば、会う人も、たべる食事も、読む
本も、聴く音楽も違ったものである。これが毎日同じで
あれば、おそらく退屈のあまり気が変になってしまうの
ではないか。
さあ、これから仕事である。そのまえにお母さんを乾
診療所に送っていかねばならぬ。それがすんだら、脇
町の豪邸に行くつもりだ。そして夕方になれば、帰りに
ヨコタによって炊飯器を買うつもりである。そうじょ。