鰻と犬 16
ビグ友のさるご婦人、ことわるまでもなく猿ではあり
まへん。からのコメントに、ご婦人の恩師が逝去され
た、の文面があった。あまりの悲嘆にお悔やみの言
葉も選べないままに、とりいそぎぼくのブログのアン
サーと、ご婦人のブログにコメントをおくった。その
時、ご婦人のブログのコメント欄に、ご婦人のフアン
からの沢山のコメントがあったので、なにげなく眼に
入ったブログの何本かを流し読みをしたら、恩師の
ことを学校の担任の先生と読めるように書いている
のがあったので、さあ困った。と言うのは、ぼくがご
婦人に書いたお悔やみの中に、ぼくには恩師がい
ません。いるあなたがうらやましいです。と書いたか
らだ。担任の先生が即恩師ならば、ぼくには十数人
の恩師がいることとなる。ということは嘘を書いたこ
とになってしまうからだ。こんな時には広辞苑。ぺら
ぺらめくると、恩師=教えを受け、世話になった先生。
とあった。これには学校で、と言う言葉がない。と言う
事は学校以外に恩師がいてもいいんだ。少なくともぼ
くは嘘をいわなくてすんだ。
ぼくにとって恩師は誰だろう。今まで出会った沢山の
人々の顔を思い浮かべてみるのだが、あれもちがうこ
れもちがう、結局ぼくは恩師に出会うことなく一生が終
わりそうだ。これは、出会った人に恵まれなかったの
ではなく、そのなかにも優れた人格と知性の持ち主が
いたにもかかわらず、結局ぼくが縁を結ぶことがかな
わなかったに過ぎないのだろう。総てぼくじしんのひん
曲がった性質のしからしめることであろう。自業自得で
ある。悔やむことなし。