猫と柳 19
実に日常なるものは退屈なもので、退屈なあまり
西方浄土とやらに行ってみたい誘惑に駆られます
が、それほど退屈は死に至る病といわざるを得ま
せん。人間は数々の拷問を考えだし、その多彩さ
に感心すら覚えるのでありますが、退屈はそのな
かでも白眉な手段ではありますまいかと愚考する。
三日も話し相手がいなければ、経過する時間のあ
まりの長さに心がくだかれてしまう。
そんな時、一匹の猫の存在ですらありがたい救い
であり、心がやすまります。猫や犬は表情があるの
で、コミニケーションといえぬまでも、感情の交流が
あるかのような錯覚をおぼえます。それだけで退屈
の感情がまぎれてくる。
ことほどさように、人間とは退屈に弱い動物で、そ
れから逃れるために生命を張った冒険をしてみたり、
また負けるとわかっている賭け事をして無聊をなぐさ
めるのである。
しかし、振り返って自己の生活を眺めやれば、平凡
で退屈な生活を送っていた時期は、今思うと幸福な日
々と認めざるを得ない。人間とは、なんと自分勝手で
矛盾に満ちた存在なのかと、いまさらながら思い知ら
された。いかにもである。