彼岸 3
トーマス・マンのトニオ.クレエゲルを読んだのは、
たしか高2のときだった。学校の図書館で借りて読ん
だ。岩波文庫の星ひとつの薄っぺらい本だったが、
青春文学として中身の濃い本だった。ドイツのぼくと
同世代の少年がこんなことを考えているのかと思い
その早熟に驚いた。
ドストエフ・スキーはぼくが心酔する作家だが、初め
て読んだのは中2のときで、罪と罰だった。ドスト氏は
難解で有名であるが、ぼくは面白かった。あまりにも
面白いので全集を買ってもらい全部読んだ。そのせ
いか1時期読みもしない日本文学をバカにしたことが
ある。
トルストイの復活を読んだのは高1だった。恋愛小説
と勘違いして購入したんである。はたして裏切られた。
そのせいかトルストイもほとんど読んでいるが、ドスト氏
にに比べるといまいちである。
ジョイスのユリシーズを読んだのは二十歳のころだっ
た。おそろしくたいくっな本にへきへきとしたが、それで
もがまんして読んだがなにもおぼえていない。プルース
トの失われし時をもとめても、その頃に読んだが、これ
もまた全く記憶がない。
ぼくが本当にほんとうに大好きな作家はチェーホフで
ある。ドスト氏を畏敬するが、好きなのはチェーホフで
ある。なかでもとりわけ大好きなのは「可愛い女」であ
る。ぼくはこの作品は「奇跡」とすら思っている。くりか
えしくりかえし何度も読んでいるが少しもあきない。ドス
ト氏のカラマゾフも10回は読んでいるが、これもまたあ
きない作品である。いい作品は古くならない、という法
則は厳然として生きている。春は曙太郎。