快楽と独楽 12
学生時代は青山学院、鈴懸の道は立教とミッシ
ョン大と明治以来日本社会はヨーロッパ・アメリカ
さまさまであるが果たしてこれがよしやあしや。
7世紀のはじめ、大陸に唐という世界帝国が出
現する。当時の日本はまだ国家の体を成しておら
ず、あちこちに豪族が割拠し、相争っている状態
である。大和王朝は豪族のなかのいちばん大き
な豪族にすぎない。朝鮮半島から追われたが、ま
だかかわりを持っていた日本は朝鮮半島を通じ
て、圧倒的な先進文明である唐帝国の外圧に直
面し、それに対抗せざるを得なくなる。ここで日本
は国家らしくなりはじめるのである。唐の政体を
模倣して、天皇を中心とする中央集権国家らし
きものをつくりあげる。しかし、この律令体制は
日本の内発的動機に発するものではなく、した
がって公地公民制にせよその制度の多くは建
前過ぎず間もなく形骸化する。天皇も、中国の
皇帝と違って武力によって全国制覇を成し遂げ
たのではなく、外国に対抗するために諸豪族が
妥協して盛り立てたにすぎない。 つづく