ヘロヘロ論考 18
再び半藤一利氏の本から引用させていただく。
「ウォーナー伝説」をご存じであろうか。この米国
の美学者が、米陸軍に爆撃しないように切に頼ん
くれた御蔭で、京都と奈良の古寺や古美術が破壊
から救われたたんだ、というお話である。
しかし、米軍のような大組織が、民間人の訴えに
動かされて、作戦計画を変更すべくもない。まして
や戦争中である。この美談はつくりものなりと今で
は否定されている。
歴史的事実はどうなのか。
昭和20年(1945)5月12日に、軍部による原
爆投下目標検討委員会の二回目の会合がワシン
トンでひらかれ、京都と広島、横浜、小倉、新潟と
ともに原爆投下の目標都市にえらばれている。
ところが、ここに最初から京都を目標とすること
に反対している人がいた。陸軍長官ヘンリー.ス
チムソンである。この男は戦略よりも、米国の名
誉と威信を念頭においた。いらざる所への攻撃
は避けるべきと考える政治家だあった。
最初の目標選定から二か月余後の7月25日、
原爆投下命令書が発令される。京都の名はな
かった。