へろへろ論考 10
だが、あの事にかけては絶妙な手並みをみせ。
そのため女を買っているのではなくて、最高に調
教された馬に乗っているような気になるのです。
事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊
や』をつかみ、意外なことに拭いてくれます。紙が
腹にこそばく当たるのです。そうして、こうしたこと
すべてをコケティッシュに、笑いながらーーー」と書
き送っている。
アムール河畔でのたった一夜の契り。だが「ぼく
はアムールに惚れこんでいる」と書かれている。
当時、シベリア沿海州には、日本人からゆきさ
んが多くいたことは記録にもみえている。そのな
かの一人が、チェーホフに優しさ暖かさというイ
メージを抱かせ、その想いがふくらみ、ついに名
作『桜の園』を生ましめた。「庭は一面真っ白だ。
--月光に白く光るんだ」(ガーエフ)「すばらし
いお庭、白い花が沢山」(ラネーフスカヤ)、こう
した日本の桜の純白の美しさを教えたのは、実
に、その言葉少なな日本女であった、とぼくは
信じている。
それにしてもその女は、自分が話したことか
ら『桜の園』が生まれたことを知らずに、一生を
をおくったのであろう、哀切だなあー。