諤諤たる愚者の記 13
何処へ、なんてこちの女にいわれたい。この場合のめのこは美人でなくても
いい、大原麗子など望まない。やはり分というものがある。塩尻エリカも似合
わない。やはりだいぶくたびれてしまったがぼくの愚妻がふさわしいと思う。そ
そとした美人なる言葉があるが、ぼくの愚妻には似合わない。もうながく一緒
に生活しているのですでに女ですらない。友人でもない。何と言ったらよいの
か、同志でもない。邪魔にならない人、とでも呼ぶしかない。悲しい話だがし
かたあるまい。世の中には、答のない質問とか、答えが複数ある質問もある
し、しかたがないとかたずけてしまいたくなる事柄もたくさんある。答えのない
質問の答えを探す徒労をおかすなら、とっととその質問をうっちやったほうが
いい。家庭は恋を壊す。けだし、名言である。
ぼくの手帳から
38、東宝の便所にありて思うこと司葉子もここでするかな
39、昭和10年12月10日に
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかって
完全な死体となるのである
その時が来たら
ぼくは思いあたるだろう
青森市浦町字橋本の
小さな陽あたりのいい家の庭で
外に向かって育ちすぎた桜の木が
内部から成長をはじめるときがきたことを。 寺 山 修 司