雑 記 5
どうも食事のあとは眠くなるのでキイーボウドをたたくのがしんどい、頭が働か
ないのだ。夕食のメニューは好物のキヌサヤの卵とじとうるめ鰯の焼いたの、
それにイタドリの漬物である。いずれも春の贈り物、命をありがたくいただい
た。
さて右翼の理念を検討しょう、理性には限界がある、これは諒だ。人間の偏
見、嫉妬を除去不能、これも諒だ。異議ない。さらに人知を超えた神や伝統の
信頼、これも諒だ。なんとぼくは左翼右翼の理念をほとんど肯定してしまったで
はないか。止揚(アウフヘーベン)したのであろうか。ヘーゲルじゃなしそんな能
力はぼくにはない。もういちど仔細にけんとうしてみよう。
左翼の理性と進歩への信頼をぼくが諒としたのは、正確にいうと半分諒とし
たのだ。歴史をみても人間の理性は沢山の誤ちをしている。社会が進歩して貧
困は相対的になったが、はたして人間は幸福になったであろうか。ぼくは否と
思う。物質的なるものはたしかに豊かになった、機械文明は人間の生活を便利
にした、それは決して悪いことではないが、忘れてきてしまったもの、捨ててき
てしまったものも大きい。ぼくのの言いたいことは、理性主義、進歩主義の主義
が駄目だと言いたい。理性や進歩は美しい理念だ。しかしその後に主義をつけ
ると理念を盲信し視野が狭くなり、過ちをおかしやすくなる。むしろ理性や進歩
を疑う心を常にもつ左翼であつてほしい。