2011年4月17日日曜日徳島新聞の書評欄に面白い記事をみつけました。
タイトルは初期マルクスを読むとあり、書いているのは神奈川大教授の的場昭弘
氏です。
まず、著者の長谷川宏氏をこう紹介しています。
著者はドイツの哲学者ヘーゲルの名翻訳者である。その手にかかると難解な哲
学用語も、平易な日本語に変貌する。
また市井の学習塾で学問を語ることを貫き通した人物である。
かるくよいしょは、かたちどうりです。
サビはつぎです。マルクスの経済学・哲学草稿の、あまり問題にされてこなかっ
た一節を、長谷川氏がさらりと引用しているのです。
「死は特定の個人にたいする類の冷徹な勝利であり、個人と類との統一に矛盾
するように見える。しかし、特定の個人は特定の類的存在にすぎないのであっ
て、特定の存在であるからには死をまぬがれない」
長谷川氏はこの文章が好きだという。
なるほど、マルクスらしいひねくれた表現であるが、そんなに難しくもない。
社会は、くりかえし生と死の連続である。人間は生まれては死ぬ。人間の死は
個人的でも人類そのものは生き続けていく。それは厳然たる事実である。そこに
感傷はない。個人としては死滅しても、社会は個人の死を通して若返る。古いも
のが滅びて、新しいものがうまれるのが、歴史なのだ。
マルクス先生、しぶといですね。まだまだ健在なり。ハイヘク、フリードマン両先生
はどうしてるのかなあ。しっかりしないとマルクス先生が甦りますぞ。