ぼくの想い出にのこる本
ぼくが本格的に本を読みだしたのは、17歳ぐらいだと記憶してます。
それまでも、本をよまなくちゃという気持ちはあったのですが、実行できず、友人
とビイトルズの話をしたり、クラスの女の子や、スポーツ、昨夜のテレビの話のほ
うがおもしろくて、なかなか本とはであいませんでした(学校の本は本に非ず、紙
のシミです)。
17歳の春、学校のまえにある本屋にはいり本の背中をみていたら、風とともに
去りぬという本があり、そのタイトルがかっこいいなと思い、買うか買わざるべき
か悩みました。それと二巻という長さです。はじめての本格的な読書にしては相
手は大物です。そのころ、徳川家康全20何巻という馬鹿でかい本がベストセラ
ーでして、ませた友人が話題にしていましたが、ぼくはまったく興味がなかった。
悩んだすえにトルストイの復活と山本有三の路傍の石を買って読みましたが
復活はカチュウシャがでてくるので、恋愛小説と思って読んでいったが、まったく
ぼくの予想と期待にはんする展開で、3分の1ほどでなげだしました。また、路傍
の石も人生訓的なくらいはなしで、最後まで読みましたが感動はありませんでし
た。
ぼくがはじめて本がおもしろいな、とおもったのは太宰治の人間失格でした。1
7年生きてきたなかで感じたことで、ボキャブラリーが不足して表現できなかった
ことを太宰は、なんなくやすやすと、的確に表現しているではありませんか。
言葉って、こんなにすごい力があるのかって、うなってしまった。