桜の花が満開になると、なにやら身体のまんなかあたりがほてり、さながら盛りのついた猫に近い状態になるのは、おなじ哺乳類として首肯できなくもない。
桜の花に、あんなに人々が魅せられるのは、花のはかなさを憐れむよりも、むしろ妖しい花の色香かもしれない。
一昨日、ぼくは藍住図書館で本をさがしていた、
余談だが、ぼくは七か所の図書館の貸し出しカードをもっている。
なかでも県と藍住の図書館を多用するが、各図書館ごとに特徴がある。例えば市のでは名画のビデオがかりられるし、那賀川では絵が額縁ごと貸してもらえるのだ。
蔵書では、県にかなわない。本以外の情報(新聞・電話帳・官報その他)でも、たの図書館の追随を許さない。情報の宝庫なのだ。
すっかり話がわきにそれてしまったが、ぼくは本をさがしていたのだった。
ふと、経済・法律コーナーで、見るともなく目が本の背中をなめていると、一冊の背中に目がとまった。
(裏読み日本経済。副タイトルに、本当は何が起きているのか)著者朝倉 慶とある。
朝倉氏の本は、つい最近(2011年本当の危機がはじまる)をよんで衝撃をうけたばかりだ。
これは神の見えざる手が、ぼくに読めとさしだしたにちがいない。
ぼくはためらわずに、その本を手に取り、他に選んだ二冊とともに、カウンターにはこんで借りた。
自動扉が開き図書館をでると、桜の花が風に舞ってぼくの肩にとまった。