徳島地方裁判所の敷地に咲く桜の花は、阿波の春をさいしょにつげる。
和也は、ちようど25年まえに学校を卒業し、裁判所の道をはさんで南側にある司法書士事務所に勤めた。
はじめて出勤した朝、裁判所には桜が咲いていた。
事務所には65歳のボスと30歳のおとこの事務員がいた。
和也は事務員というより雑用係だった。
裁判所や法務局に書類を提出したり、市役所に評価証明や戸籍謄本をとりに
いったりの毎日だった。
自分がしていることが理解できず、一日がおそろしく長く、退屈でたまらない。
用事のないときは、居眠りするわけにもいかず、眠気をこらえコヨリをよった。申請書をとじるときにいるのだ。毎日まいにち、コヨリをよっていると、指から血がでた。
ボスからほめられたのは、そのコヨリだけだった。
「きみのコヨリは、ちょうどいいかたさだ」と。
昼は近所の大衆食堂へいつた。ごはん・味噌汁・やっこ・さんま、といつたメニユーだった。
今から振り返りおもうのだが、先輩の事務員の人は昼飯をたべてなかったんじゃないか、と。
石のうえにも三年、とおもいがまんした。
やがて三年、
ある日、いつものようにボスが書いた申請書を自転車にのって法務局へ。
受付に書類をだして、自転車置き場にかえると、自転車はなくなっていた。
それからしばらくして、和也は事務所をやめた。